法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『Go!プリンセスプリキュア』第48話 迫る絶望・・・!絶体絶命のプリンセス!

橋の向こうのノーブル学園に、巨大な無数のイバラが降りてくる。ディスピアの襲来だった。
そこに帰還したプリキュアたちは、再び戦いへと向かう。友人知人の目の前で変身して……


渡邊巧大は作画監督としてシリーズ初参加。キャラクターデザインと総作画監督をつとめたTVSP『ONE PIECE〝3D2Y〟』*1の作画も素晴らしいものだったが、今回も決戦の前哨をえがくにあたって充分にスペシャルな映像をつくれていた。
基本より頭頂部がちいさく、目が大きくシャープな、独特の可愛らしいバランス。しかし全体に神経がいきとどいた作画修正で、見ていて違和感はない。逆にシャットとクローズの高年齢男子組は、凄惨な思いをつたえるようにシャープに作画していた。


そして物語だが、プリキュアの正体開示は、例年に比べるとあっさりしたもの。プリキュアがディスピアとの戦いに向かうドラマも、それほど時間はかけない。むしろ今回は周囲の反応にドラマを配分していた。それもプリキュアの正体だけではない。
まず七瀬ゆいが4度目の絶望にとらわれ、ついに自力で脱出するまでは、これまでの展開の延長としてわかりやすい。意外性のドラマではなく、エピソードをかさねて視聴者に納得させるタイプ。学園の人々が絶望を脱する展開も、過去エピソードをプリキュア抜きで再演するようなかたち。ここは感動というより順当という感想をおぼえた。


良かったのは、シャットとクローズとロック、三幹部それぞれ異なるドラマを用意したところ。
たとえばシャットはプリキュアの仲間になるのではなく、トワイライトやディスピアへの依存を脱しただけ。しかし夢を追って変わっていくプリキュアに影響され、自分たちも変わらなければとクローズに拳で語りかける。さらに第46話でシャムールにわたされたマフラー*2をつけているところが、学園ドラマでもある今作らしさでもある。
逆にクローズも、時間稼ぎという目的をはたしたこともあってか、シャットにとどめをささなかった。シャットが完全にプリキュアの味方になったわけではないから、ここで倒さなくても物語の都合とは感じさない。暴力的なキャラクターなのに殴りたおすにとどめたことが、一種の情を感じさせる。
さらに怪獣化されたロックも、かつての野望がディスピアの束縛をのがれるきっかけとなったり、かつて肉体をあやつっていたクロロにあわれみをかけられたり、過去シリーズにはない結末をむかえた。敵幹部ロックと妖精クロロの人格がわかれている設定が、このような展開にむすびつくのなら、なるほど田中裕太SDが嫌った「洗脳無罪」とは違う。
雑誌インタビューなどによると、シャットが現在のようなキャラクターになったのはクローズ退場時に何らかの反応をすべきだと追加され、そのちいさな変化が育ったのだという。きちんとシリーズ全体を計算して構成したからこそ、そこにおさまらないキャラクターが生まれる面白さというものを感じた。