法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アラビアのロレンス』

オートバイで爆走し、事故を起こして死亡した青年。その葬儀にかけつける要人たち。彼らは青年の美名を表でたたえ、酷評を裏で語りあう。
その青年こそがトマス・エドワード・ロレンス。第一次世界大戦を有利に運ぶため、大英帝国がアラブ反乱を煽るために送りこんだ将校だった。
そのロレンスの華々しい活躍と挫折が描かれていく。


オリジナル版の上映は1962年だが、約2時間半の1988年の完全版を視聴したことがある。NHKの『新・映像の世紀』でとりあげられたのを機会に、感想を書いておく。
噂に聞いていたが、とにかく長い印象があった。さほどテンポが悪いわけではないが、状況が一段落するごとに緊張感がとぎれて、刺激が多いわりに眠くなる。冒頭や休憩の黒画面も、そういう映画を何度も見たとはいえ、長さがきつい。
しかし風景は驚くほど美しく、派手な戦闘も多い。ほとんど特撮を使っていないため、安っぽく感じる場面がない*1。色調やピントもくっきりしていて、前時代のカラー作品なのに現代の映画を見ているかのようだったが、これは映像ソフト化において色調整したためだろうか。


さて、ロレンスを一種の英雄として描いた作品であり、その実態を懐疑する現代の観客には不快なところも多いだろう。
この作品に反するアラブの視点の物語もあるだろうし*2、トルコの視点の物語もあるだろう。ロレンスのように独立を支援することが、より巧妙な植民地主義につながるという批判も正しい。
しかし映画は冒頭でイギリス内のロレンスへの毀誉褒貶を明示してから、ロレンス視点の回想を展開している。それが劇映画においてはエクスキューズとして通用し、西欧諸国の視点として一貫性はある。
物語の構図を見ても、ロレンスという個人を華々しく描くほどイギリスという国家のアラブに対する裏切りがきわだつ。アラブの独立をロレンスが支えようとしたが、イギリス本国に切りすてられて挫折するという展開なのだから。独立の失敗をアラブ人の統治能力に求めているような部分もないでもないが、身勝手にアラブを利用したイギリスが混乱をまねいたという枠組みは変わらない。

*1:空爆では本物の飛行機を飛ばして、その下にある広々としたテント群を次々に爆破している。線路を爆破して列車が脱線する場面は、線路の片方を高くして機関車を転倒させ、その瞬間に火薬を爆発させるという手法を使っている。

*2:『アラブが見たアラビアのロレンス』という歴史書が有名。