法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『リンカーン』

スティーヴン・スピルバーグ監督による2012年公開の伝記映画。リンカーン最後の4ヶ月を2時間半かけて描く。DVDで視聴したところ、映画が始まる前に監督が登場して、簡単な状況説明がなされた。
映画「リンカーン」オフィシャルサイト
南北戦争終結が近づく時、合衆国憲法修正第13条を通そうとする大統領と、抵抗する下院議員たち。完全かつ永続的な奴隷解放を目指すため、戦争の終結を引きのばしているかのようなリンカーン像は逆説的でおもしろい。
しかしスピルバーグ監督らしい表現は控え目。陰惨な描写といえば泥沼の南北戦争が冒頭に少しあるのと、大統領の息子が戦争に参加したがる場面で戦争の傷が描かれるだけ。ブラックユーモアも見られず、奴隷の苦しみも描かれず、物語のほとんどが議会内で完結する。美術や撮影は見事だし、落ちついたカメラワークや屋内の暗さを強調した照明も印象的だが、当時の街並みを再現するようなVFXの見せ場は少なく、スピルバーグ監督でなくても制作できそうに感じた。
それに独裁的なリンカーン像がおもしろいといっても、さまざまな逸話を引用して批判をかわす人格に、2時間半をひとりで引っぱるほどの魅力はない。リンカーンを批判するほど原理主義的な奴隷解放論者で、最後に少しばかりの妥協をしたタデウス・スティーブンス議員こそ、映画の登場人物としては魅力的だ。


全体としては、リンカーンという強固な政治家に引きずられて、さまざまな人々が挫折したり妥協していくドラマだったし、だからもっと群像劇らしい構成にしてほしかった。すでに奴隷解放宣言がなされた後のダメ押しとなる修正条項をめぐる物語なので、政治劇としてもピークをすぎた後のドラマという印象がつきまとう。
それでも2時間半を飽きさせなかったのはさすがだが、もっと皮肉めいた政治劇か、もしくは監督一流の演出で描かれた新たな南北戦争表現を見たかった。期待していたので残念。
似た題材の映画でも『アミスタッド』では、監督らしいブラックユーモアがそこここにあり、たとえ解放論者でも政治家と奴隷の意識が違うことが明示され、どのように決着するかも最後まで興味深く見ることができた。
『アミスタッド』 - 法華狼の日記