教育評論家の森口朗氏による下記の文章が話題になっているらしい。
太鼓を叩いていた子達に「民主主義」と「民主主義の敵」を教えよう
皆さんと一緒にデモをしたおじさんおばさんが、もし「こんな国会議決に従えない」と叫んだとしたら、その人達が民主主義の敵です。
もちろん、日本は民主主義の国であると同時に立憲主義の国でもありますから、裁判で平和安全法制の違憲を争うことは問題ありません。しかし、万一、自己判断で違憲だから従う必要がないと言い出したら、その人達は民主主義だけでなく立憲主義の敵でもあります。
結論：わが国では、あなた達が呼び捨てにしていた総理大臣や、その仲間達が民主主義を体現しているのです。そして、あなた達をちやほやして、代表を国会にまで呼んでくれたおじさん、おばさんこそが民主主義の敵です。
意図したのかどうか、自己判断で合憲と主張する人々への皮肉となっているところが興味深い。国会決議へ反対しつづけるだけのことを「民主主義の敵」と評するのも斬新だ。
そして「もし」「万一」と仮定でもちだしたことが、直後の「結論」で事実にすりかわっているところは明らかな矛盾といわざるをえない。意図した詭弁なのか、無意識なのかはわからないが。
前後して、「民主主義」について説明した部分を読んでも、揶揄としてさえ成立していない。
１ 「民主主義」とは、意見の違う相手の立場を尊重することです。
ですから「平和安全法案」を勝手に「戦争法案」と呼ぶような人達は民主主義の敵です。
与党の人達は、万が一心の中で思っていたとしても、国会の議場で民主党や共産党、社民党の人達を「売国奴」とは呼びませんし、山本太郎氏を「低能」とも呼びません。少なくとも、国会は民主主義の実現を目指す場だと心得ているからです。
２ 「民主主義」とは、いきなり自分の考えを押し付けるのではなく、相手との妥協点を探ることです。
ですから、国会で多数派を占める与党を基盤にする政府法案を、気に入らないからといって妥協点を見いだす努力もせず「廃案！廃案！」と叫ぶ人達は民主主義の敵です。
法案を「戦争法案」と呼ぶことと、個人を「売国奴」や「低能」と呼ぶことを、同等にみなすべきとは思えない。前者は個人攻撃にならない「意見」の範囲であり、森口氏の立場からも尊重すべきではないのか。
ちなみに野次のたぐいを無視するとして、ここ5年で議事録に残った「売国奴」発言は、自民党の政治家によるものだった*1。
しかも森口氏は、かつて自著の新潮新書『日教組』を批判するブログに対し、下記のようなエントリを書いていた。
2011-05-02
結論：脳軟化の始まったオールド左翼には何を言っても無駄である。
私が、これを声を大にして言いたいのは、未だに「話せば判る」という信念で、
授業内容の正常化や国旗国歌問題などについて、本気で悩んでいる校長先生が大勢いらっしゃるからです。
はっきり言いましょう、校長先生。アナタの悩みは時間の無駄です。
世の中には残念ですが、話すだけ時間が無駄になる人間はいるのです。
とりわけ、一部の自治体の教職員には大勢います。
必要なのは、そういう連中を教育現場から排除する制度です。
批判に対して根拠だてて反論するでなく、ひたすら批判のあったブログから複数の文章を「コピペ」*2して、上記のように結論づけた。
個人ブログは国会とちがって、民主主義の実現を目指す場ではないという基準なのかもしれない。しかし、ならばデモにおいても同じくらいの表現を森口氏はゆるすべきではないだろうか。
しかも森口氏は異論の排除を教育現場にまで求めている。森口氏は教育現場で校長に全権がたくされた状態を理想と考えているのだろうか。ふしぎな教育評論家だ。
また、専門に近いはずの発達障害と教育の関係についても、下記のようなエントリを書いていた。
2012-05-06
とりわけ「疑似科学」の汚名を着せられて批判の槍玉になっているのが次の条文である。
「（伝統的子育ての推進） 第１８条 わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する」
以下の文章は、近年発表された医学論文の抄録だが、極めて中立的であり発達障害の現状を端的に示している。
「発達障害は,遺伝要因と環境要因が相互にかかわりあい発現する多因子疾患ととらえられている。近年は発達障害の発現に負の養育環境とのかかわりが注目されている。負の養育環境要因には,母親の妊娠中の飲酒/喫煙,妊娠/出産後のうつ,不適切なしつけと虐待行動,家族機能不全などがある」
発達障害が多因子疾患であるとすれば、健全な子育てが予防・防止になにがしら寄与するの当然であり、条例案18条を擬似科学と批判するのは明らかに誤りだ。
そして条文が批判されつづけたことに対して、かさねてエントリをあげて反論し*3、やがて自身の修正案*4にも残した「伝統的子育て」を言及していないといいだした。
2012-05-08
「伝統的教育」か否かの論点は私は言及していません。ですからそこが問題という方はそれで良いのです。私が問題としているのは「教育によってＡＤＨＤの予防、防止ができる」という見解を疑似科学と切って捨てる勢力です。
しかしコメント欄を読むと、左翼批判を優先するために、「親学」を切りすてられないことを明かしていた。
「親学」と政治が近づきすぎることは、私も双方にとって益がないと思っています。
ただ、左翼系の人達がやっている、障害児の親たちの団体を利用した政治・行政への介入は目に余ります。
その意味で保守系の人達が対抗手段として「親学」を使う気持ちは理解できます。
私としては、親学が一方的に「疑似科学」扱いを受けるのは不当だと思っています。
（なんといっても疑似科学の代表はマルキシズムですから）
マルキシズムがどこから出てきたのか、よくわからない。親学とマルキシズムしか教育の選択肢がないわけでもあるまい。
専門外では、2014年8月の朝日検証に対して、朝日が従軍慰安婦を捏造したかのように主張するエントリを書いていた。
2014-08-06
朝日新聞が、遂に「従軍慰安婦」なるものの基礎となった事実が捏造であったことを認めました。
もちろん、だからといって朝日新聞の捏造が許される訳ではありません。行動においても、認めた後の言い訳においても、そして恐らくは捏造した動機においても、この反日売国新聞の存在は未来永劫断罪されるべきですし、心ある人は直ちに不買運動を始めるべきだと思います。
朝日新聞が誤報する前から「従軍慰安婦」という言葉があったことや、そこから問題視されてきた基礎は誤報として訂正された部分がなくても成立することも理解できていないらしい。そもそも訂正されたのは加害証言や通説を引用した記事だけで、同時期に他社も同じように報じており、朝日が主体となって捏造できるものでは原理的になかった。
同じく専門外で、民主党の事業仕分けで御嶽山の監視がなくなったという噂を民主党に問いただすエントリも書いていた。
2014-09-28
さて、民主党はこの議論にどう答えるのでしょう。ダンマリを決め込むつもりでしょうか？
当然のように、御嶽山の監視強化が麻生政権時に排されたことや、事業仕分けのあとも監視がとぎれていないことをコメント欄で指摘された。
そこで下記エントリで訂正情報にふれたものの、とうてい誤報を広めたひとりとしての責任がうかがえないものだった。
2014-10-01
いずれにしても、「たかがネット」と相手にしなかったこれまでのスタンスが、野党第１党において大きく変わってきた点を嬉しく思います。
ちなみに先の記事では「このままでは朝日新聞と同じになってしまいます」というコメントもついていた。朝日がこえた訂正のハードルを批判した森口氏だが、自身は遠くおよばなかったようだ。
最後に、新潮社や扶桑社をはじめとして、それなりの出版社から森口氏は著作を出しているのだが、ひとつ目を疑うものがあった。
- 作者: 森口朗
- 出版社/メーカー: 幸福の科学出版
- 発売日: 2007/06/01
- メディア: 単行本
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宗教系でも潮出版などならまだ理解できたし、逆に大手の出版社でもおかしな書籍は無数にあるが、いくら保守でも幸福の科学から出すのは理解しがたい。
左翼が嫌いなのはしかたないとしても、教育評論家が親学に理解をしめしたり、幸福の科学に接近するのは、さすがに反動がすぎるのではないだろうか。
*1:衆議院会議録情報 第１７６回国会 農林水産委員会 第２号の今村雅弘議員による「下手な出世ばかり考えているような、売国奴みたいな農水の一部官僚の言うことなんか聞かないで、あるいはだまされないで、しっかりと政治主導でいろいろな課題に取り組んでいただきたい」という発言。なお、その表現を批判する意図で「売国奴」という言葉を口にした例は複数ある。
*2:自身でそう表現しており、転載元も明記はされていない。WEB検索すれば転載元は見つかるが。
*4:「（伝統的子育ての推進） 第１８条 妊娠中の健全な生活やわが国の伝統的子育てによって、発達障害は予防、防止又は症状の軽減ができる可能性があり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する」
