法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』戦後70年 ニッポンの肖像−世界の中で− 第1回 信頼回復への道

「戦後70年 ニッポンの肖像」シリーズの外交編第1回。
NHKスペシャル
ひさしぶりに従軍慰安婦問題がとりあげられるということで、先行する報道も出ていた。
http://www.asahi.com/articles/ASH6D5CK3H6DUPQJ00J.html


まず番組のつくりが驚くほど安っぽい。ちばてつやキャラクターのシリーズOPが印象的だったくらいで、スタジオセットのデザインは簡素にすぎる。男性と女性がならんで解説する姿に緊張感はなく、まるで広報番組のよう。
ドキュメンタリー部分は、関係者や学者のインタビューと資料映像ばかり。「最新の資料と証言で明らかにする」と番組サイトで説明するほどの目新しさは感じなかった。
番組全体としては、日本政府が各国への加害をつぐなったという歴史が語られた。戦後賠償と信頼回復の道筋を、日本の政府見解にそって説明したものとしては、よくまとまっていたと思う。


番組内容は、2015年の安倍晋三首相による米国議会演説からはじまり、その演説で語られた信頼回復の過程を見ていく。その主導者として岸信介が序盤にピックアップされ、中盤でも日韓交渉を助けたことが言及される。
最初に、米国主導で連合国の多くが賠償請求を放棄したこと*1、東南アジアでおこなわれた賠償が国家間のものにすぎなかったことは説明された。貿易立国化しようとした日本にとって、賠償が経済的な利益につながったことも指摘された。
日韓条約の制定時の反対デモを軍事独裁政権が鎮圧したことや、インドネシア田中角栄訪問に対する学生デモがおこなわれたことも指摘。日本の賠償が個人を軽視していたことの説明といえるだろう。
ただし賠償した相手国の経済発展ばかりが注目され、開発独裁という問題ははっきりとは説明されなかった。


そうした賠償で問題が再燃したひとつとして、従軍慰安婦問題が言及された。そこで談話や手紙というかたちで謝罪をおこない、あらためて賠償をするのが難しくともアジア女性基金をつくったと紹介した。
そこでアジア女性基金理事だった大沼保昭氏がコメントしていたが、請求権を相互に放棄したが、日本政府は政治判断でこたえたという内容だった。あたかも請求が不可能だったかのように誤解される表現だ。
そこで番組で明言されなかった問題について、大沼氏の著作から引用しよう*2

国家補償論者のアジア女性基金批判の大きな論拠は、特別立法や政府の法的責任を認めさせるために力を尽くすことなく「国民の償い」に走ったことは拙速であり、政府の幕引き戦略に乗っかったのだ、というものであった。

歴史認識問題での自民党内の右派的体質をつぶさに観察してきた者として、わたしを含む呼びかけ人はすべて、こうした批判者の政治状況認識が誤りであることに確信をもっていた。もうすこし時間をかけても、できないものは、できない

政権内のぎりぎりの折衝や、日本が遂行した一五年戦争の侵略性を認めようとしない自民党多数派の歴史観の根深さ、「慰安婦」問題で謝罪することへの反発の強さは、一般の市民には見えない。

このように従軍慰安婦問題を軽視する主張がつづいたこと、アジア女性基金村山談話が反発されつづけたことは、番組での大沼氏のコメントには出てこなかった。


つづけてアジア女性基金への韓国の反発も紹介され、当時から批判している団体の主張もインタビューで流れた。
しかし、韓国で事業が中止したという説明につづけて、他国で慰安婦への支払いをして事業が終了したとだけ説明したのは誤解をまねくだろう。あたかも韓国だけが反発したかのような表現だが、事業への不満は各地域で表明されていた。
各国・地域における償い事業の内容-台湾 慰安婦問題とアジア女性基金

「婦援会」は日本の国家賠償を求め、アジア女性基金に対し強い反対の立場をとっていたため、被害者の方々にあたえる影響もまた、少なからぬものがありました。

各国・地域における償い事業の内容-インドネシア 慰安婦問題とアジア女性基金

インドネシア慰安婦被害者支援団体はアジア女性基金が進めてきた高齢者福祉施設建設の事業に批判をもち、被害者個人に向けて事業をしてほしいと要求してきました。

受けいれてもらうまでには、相手の妥協を必要とした。
もちろん、補償事業が意図せずとも被害者を分断すること、懐疑や不満をまねくことはよくある。それゆえ、アジア女性基金が特異的に問題があるとは思わないし、すべてを否定したくはない。同時に、反発を特異視することも犠牲者非難であり、事業の達成度を見誤らせかねない。


番組は最後に、事業を受けいれたオランダの被害者に着目。国家補償しないことへの反発があったことを途中で説明していたものの、橋本龍太郎首相の手紙を好意的に受けとったことや、来日時に長崎原爆被害を知ったことを重視。日本の活動が最終的に受けいれてもらったという側面を強調していた。
そしてオランダとの信頼回復のひとつとして、捕虜収容所の石碑が日本で建てられていること、維持しようとする地元の活動をつたえて番組は終わった。
近年の日本でつづいている動きについて、番組は言及しなかった。信頼への回復は進むばかりとされ、退いている問題には目を向けなかった。
http://www.asahi.com/articles/ASG7P5DVMG7PUHNB012.html

群馬の県立公園に立つ戦時中に動員・徴用された朝鮮人犠牲者の追悼碑を撤去するよう、群馬県が碑を管理する市民団体に求めている。応じなければ、すでに期限を過ぎている設置許可更新を認めない構えだ。ここ数年、県に多数寄せられるようになった抗議や批判の声がきっかけだった。

奈良県)天理市が柳本飛行場・朝鮮人強制連行の説明版撤去 設置から20年、何が変わったのか

天理市の戦時中の軍事施設、柳本飛行場跡に、市と市教育委員会が1995年設置した説明板がこの4月、市によって撤去された。説明板には、飛行場建設で朝鮮人労働者の強制連行が行われ、朝鮮人女性の慰安所が置かれていたとの記載があった。市は撤去の理由について、「強制性については議論があり、説明板を設置しておくと、市の公式見解と誤解される」とする。


あらためて番組全体の感想をいうと、20世紀までの日本政府の活動としてなら、まだしも理解はできるものではあった。
先述したように日本国内で賠償への反発があったという説明は不足していたし、現政権へのおもねりも見え隠れしている。しかし、反発をさけながら歴史をふりかえる番組をつくろうとすると、成功も失敗もあったが前向きに進んでいるという構成は、ひとつの型ではあるだろう。あえて日韓関係は失敗のひとつとして一面的にとりあげたのであり、番組全体を見れば多面的に戦後賠償を描こうとしたと解釈できなくもない。
そこで残る問題は、21世紀からの信頼回復の逆行が、完全に欠落していたこと。2007年に各国各地域で非難決議が採択されたことや、2015年に米国研究者から声明が出されたことなど、番組ではまったく出てこない。20世紀までの番組という構成であれば目をつぶれたが、よりによって逆行を主導したひとりの演説を冒頭でもってきている。
その演説までの安倍首相の言動を知っていると、足を引っぱった人間が功績だけを簒奪しているようにしか見えなかった。

*1:ただ見落としがなければ、中国が賠償請求を放棄したことなどは、明示的には指摘されなかった。

*2:『「慰安婦」問題とは何だったのか メディア・NGO・政府の功罪』111〜112頁。引用時、傍点を太字強調へ変更した。