法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『南京!南京!』を公式に見る手段はあるのに、わざわざYOUTUBEで見たという産経新聞の映画レビュー

チベット密猟事件を追った『ココシリ』*1で絶賛された陸川監督が、劇映画で南京事件を描いたことがある。そのタイトルは『南京!南京!』といい、英題は『City of Life and Death』という。
映画・「南京!南京!」
予告編だけならばYOUTUBEで公式に視聴できる。少なくとも戦闘シーンはなかなかの迫力のようで、いずれ機会があれば観たい作品だ。

しかし日本語で鑑賞する手段は、今のところ「史実を守る会」という団体のイベント上映しかない。
映画『南京!南京!』日本初公開!! – 2011年8月21日 なかのZero
2011年に初上映され、2015年3月15日にも他の南京事件映画とともに上映された。「シネマトゥデイ」が上映の困難さを伝える文脈とともに報じている。
南京事件に関する映画を上映する「南京・史実を守る映画祭」が開催 - シネマトゥデイ

1937年に起こった南京事件は、70年を迎えた2007年前後、多数の映画が製作された。しかし日本では、『南京1937』(1995)を公開時に右翼によってスクリーン切り裂き事件が起こったことが尾を引き、映画会社や劇場がなかなか二の足を踏む状況が続いている。また『南京!南京!』のように日本の配給会社が名乗り出るも、犠牲者30万人という表記や、劇中で使用した日本の楽曲の許諾が得られず、実現に至らなかった例もある。


この『南京!南京!』を産経記者がレビューしていた。てっきり3月のイベント上映の感想を記事化したのかと思いきや、YOUTUBEで見たことを記事冒頭で明記する。
http://www.sankei.com/premium/news/150426/prm1504260015-n1.html

題材がデリケートな問題を扱っているので、これまで有志による特別上映会を除いて日本国内では未公開だった本作だが、実に簡単な方法で鑑賞することができた。動画投稿サイト「You Tube」に全編ノーカット、高画質の日本語字幕付きでアップされているからだ。

今のところYOUTUBEで視聴する側は法にふれないらしいとはいえ、著作物で商売している新聞社がこの記事をのせていいのか。たしかに公開されていない映像を報じるために、公共性を優先して非公式な手段で視聴した報道は昔からあるが、この作品はそうではない。
『南京!南京!』は公式に鑑賞する手段が他にある。海外版ソフトを購入すればいい。各国で映像ソフトが販売されており、ブルーレイならば日本の機器でも視聴できる地域から購入できるようだ*2

City of Life and Death [Blu-ray] [Import]

City of Life and Death [Blu-ray] [Import]

『南京!南京!』で検索した香港版はプレミア価格だが、『City of Life and Death』で見つかる北米版ならば手ごろな値段だ。私自身は映画を視聴できるほど外国語を使えないので購入していないが、新聞社ならば問題なく視聴させられる人材がいるだろう。
むろん諸事情で日本未公開な作品を視聴することにも、いくつかの議論はあるだろう。しかしYOUTUBEで見たと明記するよりは、ずっと良いはずだ。


また、映画そのものは未見だが、この産経記者のレビューに明らかな誤りがあることはわかる。
http://www.sankei.com/premium/news/150426/prm1504260015-n4.html

何より目に焼き付いたシーンがある。慰安婦に志願し命を落とした女性たちの全裸死体を運ぶ場面だ。リヤカーを押す男たちの背中にはナチス・ドイツハーケンクロイツかぎ十字)が書かれている。これはラーベがナチス南京支部の副支部長だったからだが、まるでユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)を想起させるこれみよがしの演出には、旧日本軍とナチスを同一視させようという魂胆が見え隠れする。

http://www.sankei.com/premium/photos/150426/prm1504260015-p1.html

この場面写真は、どう見ても「ハーケンクロイツ」じゃなくて「まんじ」だ。

南京事件で埋葬活動をおこなった慈善団体のひとつに「紅卍字会」というものがある。映画の一場面はそれをふまえたものだろう。
崇善堂史料集成 (戦後責任ドットコム)

屍を埋める者は一人一人長袖のシャツを着るかチョッキを着るかしましたが、それを作るのが間に合わなくて、腕章を着けて、目印にした人もいました。わたしは長袖のシャツを着ていたのですが、シャツの胸にも背にも、卍の字を付け、ある者の帽子にも卍の字を付けました(その時わたしも写真を撮ったのですが、やがて見つからなくなってしまいました)。卍の字は白地に紅にし、シャツの色は濃い藍色でした。


この記事をはじめとしたコラム【映画オタク記者のここが気になる】を書いているのは「WEB編集チーム 伊藤徳裕」らしい。
しかしコラムを連載するには、映画を観る姿勢にも、歴史を語る能力にも、いささか問題があるようだ。

*1:『ココシリ』 - 法華狼の日記で感想を書いた。

*2:DVDやブルーレイには、視聴できる地域を制限するリージョンコードというものがある。DVDの場合は日本と北米ではリージョンが異なっており、リージョンが同じヨーロッパでも映像方式の違いで視聴が難しかった。しかしブルーレイならば北米版がそのまま視聴できることが多いらしい。