法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「歴史家」であることすら怪しい19人が米国教科書へ訂正要求をおこない、そこにアジア女性基金理事が連携している問題について

秦郁彦氏が中心となって米国教科書へ訂正を要求したことについて、レコードチャイナが「日本の歴史学者19人」の要求として伝えていた。
日本の歴史学者19人、米出版社に教科書の記述訂正求める=「...|レコードチャイナ
ただし読売新聞や時事通信は「日本の歴史家19人」と伝えていた。一方、以前の日本政府の訂正要求に抗議した動きは「米国の歴史学者20人」と表記している。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2015031700703


記者会見の詳報はBLOGOSに掲載されたが、目をおおわんばかりの内容だ。
【詳報】「強制連行があったとするマグロウヒル社の記述は誤り」従軍慰安婦問題で、秦郁彦氏、大沼保昭氏が会見 (1/2)
このBLOGOS記事で、会見を開いたのは秦氏だけでなく、アジア女性基金大沼保昭氏もならんでいたことがわかった。

17日、秦郁彦日本大学名誉教授と大沼保昭明治大学特任教授(元アジア女性基金理事)が会見を行い、同日付けで公表した「McGraw-Hill社への訂正勧告」について説明した。

妥協したなりにアジア女性基金の価値はあったかもしれないのに、それを理事自身で壊してしまいたいのだろうか。他の基金関係者はどう思っているのだろうか*1
下記のような主張をおこなう人々と連携しておいて、それで基金だけ正当化しようとしても逆効果ではないのか。


まず問題の「歴史家」19人を見ると、まともな歴史学者がほとんどいない*2従軍慰安婦問題で多くの誤りが指摘されている秦氏でも、この人々では最も専門家らしい部類だ。

この勧告は、秦郁彦氏のほか、藤岡信勝長谷川三千子芳賀徹平川祐弘百地章中西輝政西岡力呉善花高橋史朗氏ら19人の日本人歴史家有志によって提出されたもので、米国の公立高校で使われている世界史の教科書において、慰安婦の強制連行など。事実とは異なる記述があるとして訂正を求めている。

藤岡氏や長谷川氏や西岡氏など、むしろ歴史学に反する主張で悪名高い人ばかり。高橋氏などは、教育や医療の分野でも悪名高い。
「親学」の高橋史朗・明星大学教授を巡るツイート(きわめて悪評) - Togetter
中西氏など、真珠湾攻撃にまつわる陰謀論を信じたため、秦氏に批判されたことがある。どちらかといえば秦氏の劣化を象徴する人選かもしれない。
スティネット「真珠湾の真実」をめぐって 中西輝政−秦郁彦論争を中心に 日米開戦「ルーズベルトの陰謀」
誰もが悪名高いだけでなく、それなりの社会的地位にあり、現在の日本政府との距離も近い。日本という国家の責任があらためて問われる事態だ。


そして秦氏の主張は、その多くが事実に反し、あるいは自己矛盾をきたしている。

アムステルダムの"飾り窓の女"というのは有名ですよね。我が東京においてもソープランドがあるのはご存知だと思いますが、こういう話題をオランダ政府が、あるいはヘッドラインで報道するとか、こういうことはないわけですね。いわば一種の常識であります。しかしながら、なぜ日本軍の慰安婦問題だけが大問題になってしまったのか、誠に不思議であります。

なぜ、軍官憲による強制連行が知られているオランダをひきあいにだすのか。その意図がまったく理解できない。
慰安婦にされた女性たち-オランダ 慰安婦問題とアジア女性基金

日本軍の慰安婦だけがクローズアップされたのは一部のNGO活動家によるプロパガンダのせいであります。彼らは自国の売春婦や日本人慰安婦に対しては関心を示しません。

その「一部のNGO活動家」とは誰だろう。
少なくとも日本の代表的な書籍では、日本人慰安婦や他国軍の性暴力について、かなりの頁数をさいている。
吉見義明『従軍慰安婦』にも書かれてある日本人慰安婦について、「さっぱりといってもいいくらい聞かない」「書いている本は少ない」と主張する人々 - 法華狼の日記
たとえば韓国の元慰安婦や支援団体は、韓国軍による性暴力を批判し、さまざまな性暴力被害者へ支援している。
http://www.asahi.com/articles/ASG374Q7LG37UHBI028.html
アジア女性資料センター - 韓国:「慰安婦」被害者がコンゴ被害者のため「ナビ基金」設立
一方で、名乗り出ないことを賞揚して、名乗り出ることを恥とみなす日本の国会議員もいた。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11019355.html
関心を示さないどころか、日本人慰安婦が表に出にくい社会にしている。その責任を先に追及するべきではないのか。
それに秦氏も歴史家であれば、自身が日本人慰安婦の問題にとりくめばいいではないか。なぜ他人まかせにしようとする。

強制連行はなかったと私たちは強調しているんですが、慰安婦というのは、大多数は朝鮮人の親が娘を朝鮮人のブローカーに売り、それが売春宿のオーナーを経由して売春所に行くと、こういう経路であります。

これが「重要な8箇所のミス」のひとつだという。
しかし2007年に秦氏と大沼氏と荒井信一氏が鼎談した時、わずかながらも「狭義の強制」*3を認めていたのは何だったのか。
さらにアジア女性基金サイトには、先述のオランダ以外にも、複数の直接的な強制連行例が掲載されている。
慰安婦にされた女性たち-インドネシア デジタル記念館慰安婦問題とアジア女性基金
慰安婦にされた女性たち-その他の国々 慰安婦問題とアジア女性基金
質疑応答では、こうした強制連行が指摘されていることにふれてはいる。しかし「70年前の犯罪事件は警察もやりません。それに意味のある答えが出てくるとは思いません」*4と、「歴史家」とは思えない言葉で切り捨ててしまった。

一部に新聞広告を見て応じた者もありまして、これはつまり強制連行する必要がないということが明白かと思います。

慰安婦募集の新聞広告は有名だが、仕事内容を明記していないこと、未成年も対象にしていることから、当時の倫理観や国際法にも反していたことは明らかだ。下記でくわしい解説がある。
2-4 業者を処罰? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任
そもそも日本語で書かれた広告であることから、業者向けであったと上記で指摘されている。「新聞広告を見て応じた」という証言者はどこにいるのだろうか。

また20万人の慰安婦が毎日20人から30人の兵士たちに性サービスをしたと書いてあるんですが、当時海外に展開した日本軍の兵力は約100万人です。教科書に従えば、接客は1日5回という統計になりますから、20万人が5回サービスすると100万になりますので、兵士たちは戦闘する暇がない。毎日慰安所に通わなければ計算が合わなくなるわけですね(会場から笑い)。

アジア女性基金サイトに掲載された推計数リストで、20万人は中間的な数字だ。アジア女性基金を尊重する立場でも採用しておかしくはない。
慰安所と慰安婦の数 慰安婦問題とアジア女性基金
もちろん中間的であれば正確というわけではない。しかしこの推計数リストで秦氏は兵総数を1993年に300万人、1999年に250万人としている*5。どのような計算で今回は100万人と主張しているのか。
それに、こうした推計数は交代率をふくめた延べ人数だ。もし戦時中ずっと慰安所にいたというなら、廃業の自由がなかったと秦氏は認めるのだろうか。それでは見かけの人数こそ少なくなっても、より非人道的ではないか。
なお、20人から30人といった人数が毎日であったかは疑わしい。しかし、戦闘を終えて自陣に戻った時、大勢で慰安所へ押しかけたという証言が複数ある*6。作戦状況による変化が大きく、利用がない時と過密な時に極端な差があった、という問題と思われる。

最後に、私は日本の官憲による組織的な強制連行はなかったということ、慰安所における女性の生活条件は「性奴隷」と呼ぶほど過酷な状況ではなかったことを強調して終わりたいと思います。

実行犯が民間業者であれ、人身売買されたなら定義的に「奴隷」だったといっていい*7。国家機関が直接的に暴力的な奴隷狩りをおこなうことは、奴隷とみなされる必要条件ではない。
そもそもBLOGOS記事を読むかぎり、秦氏は生活条件の過酷さを論じていない。軍官憲の直接連行や、20万人という推計数や、慰安婦が恩賜であったという表現を否認しているだけだ。
個々人の体験に向きあえていないような秦氏と連携して、なぜ大沼氏は「犠牲者の希望を踏みにじって、償いを受け取るかどうかの判断を妨げた」などと支援団体を批判できるのか。

*1:たとえば慰安婦問題とアジア女性基金 事業実施にかかわった関係者の回想で「本当に、晴れやかな格好をして、穏やかにおばあさんたちが座ってるじゃないですか。この人たちが少女のときに慰安婦にされて、兵たちが毎日、それこそ性奴隷にしてたんだって思うと、私たちの国は何をしてきたんだという感じがありましたね」と述べていた有馬真喜子理事。

*2:全員のリストは、[twitter:@yamtom]氏が画像をあげている。https://twitter.com/yamtom/status/577742761794781184

*3:秦教授の従軍慰安婦問題に関する新発言 - 法華狼の日記

*4:http://blogos.com/article/108036/?p=2

*5:ちなみに1999年版の秦説に対しても、永井和氏から誤りが指摘されている。比率を導き出す時、異なる性格の数字を引いてしまっていたという問題だ。秦郁彦氏の慰安婦数推計法の誤謬について(1):注記を追加 - 永井和の日記 - 従軍慰安婦問題を論じる

*6:水木しげる『従軍慰安婦』でも描かれた数の暴力 - 法華狼の日記

*7:「奴隷」は、必ずしも支配者が直接的に強制連行で集めたわけではない - 法華狼の日記で百科事典サイトから引用した。引用元は現在はサービス終了しているが、コトバンクの検索でも同じ結果が確認できる。