法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『二重スパイ』

1980年、北朝鮮からの亡命者として韓国情報部に入りこみ、韓国内の協力者とともに二重スパイをはたらいた主人公の顛末を描く。


2003年の韓国映画『シュリ』JSA』に続く南北分断テーマの大作映画として日本で劇場公開された。
しかし実際に見たところ、いかにも大作らしい派手な映像や大がかりなセットは少ない。冒頭などで朝鮮半島以外の地域も舞台となるが、名所や旧跡ではないので、あくまで印象は地味なまま。予告映像でも使われた雪原の行軍はスパイ養成の訓練にすぎず、数少ないアクションすら泥臭い格闘ばかり。最も流血や暴力を感じさせるのは拷問シーンだが、それも描写は短めだ。撮影そのものが、21世紀の映画にしては古臭い。
印象に残ったのはドラマ部分。特に、亡命者を装うため滑稽に演じた会見や、韓国で生まれ育った現地協力者との齟齬が良かった。スパイらしい活動をおりまぜながら、文芸映画のように日々の生活を積み重ねていく。主人公を信じようとした韓国情報部の男達と、遠い祖国に殉じるしかない主人公のすれちがう思いは、さすがに魅せる。


結末において、全てをあばかれた主人公は、居場所を失ってしまう。祖国に殉じたからこそ、かけ離れた空間で日々を生きることとなった。
共産主義などの思想背景こそ描かれないが、革命に殉じようとした主人公は、スパイというより革命挫折者を思わせる。だからこそ、その空虚さを静かに埋める結末の風景は、あたたかく胸にしみた。