法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『チェルノブイリ ――家族の帰る場所』

原発事故の前後、それぞれの道を選ばさせられた人々。
架空の家族をとおして描く、いつまでも先の見とおせない日々。
広い宇宙の夜の底、小さな釜の蓋が吹きとんだ、その記憶の記録。


原著は2011年4月にスペインで出版され、日本では2012年3月に翻訳出版された。
ほとんどグラデーションはなく、くっきりした黒ベタと空白で、生活感あるチェルノブイリが緻密に描かれる。通常はシンプルなのに、凄惨な場面ではあえて表現主義的なコマ割りを使う。土地に生きる人々と同じ高さの視点で描きながら、状況に対する無力さを鳥瞰で見せる。古き良き『ガロ』作品のようだ。
チェルノブイリ家族の帰る場所|フランシスコ・サンチェス,ナターシャ・ブストス|ノンフィクション|電子書籍 - Yahoo!ブックストア

物語は三部構成で、三世代の視点をとおして、時系列を行き来する。汚染された土地に戻り、事故以前からの生活をつづけようとする老夫婦。発電所の仕事がもたらす生活の裏側で、豊かさの終わりが告げられた家族。全ての人間が強制退去され、野生が戻った街で思い出を確かめようとする若者。
たとえ汚染された土地だとしても、貧しさなどの理由から、とどまって生きるしかない家族もいる。愛着を持った土地から安全のためにと追い出され、何も知らされない不安とともに生きるしかない家族もいる。事故による負債は即死するほどは残っていないだろうが、その負債を返し終えるために気の遠くなるような年月が必要となる。


あくまでフィクションだが、事故によって全てが終わる物語よりもリアルに感じられた。
むろん毒とともに生きるという物語は、1986年にチェルノブイリ原発事故が起きて以降、無数に描かれつづけてきた。しかし、いざ同じような出来事に直面した今、どれほどかえりみられているだろうか。
身近な出来事の衝撃で上書きしてしまわないために、あえて今の日本で読む意味もある。普遍性のある物語だからこそ、どのような現実に直面しても力を失わない、そういう作品だ。
チェルノブイリ | 書籍 | 朝日出版社

誤解しないでほしい、この作品はチェルノブイリを過去に、空想に、送り返そうとしているのではない。それとは正反対に、現在に、現実に、取り戻そうとしているのだ。それを通じて、一見遠い土地だとも思えるいまここで起きている状況に対するアティチュードを教えてくれようとしているのだ。