法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

高木健一氏が池田信夫氏を告訴したらしいので、安倍晋三氏が流したデマについて指摘しておく

一周まわって関連しているので、ひとまとめのエントリとして上げておこう。


まず、池田氏自身のツイートによると、告訴は「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」*1という記事に対するものらしい。

BLOGOSに転載されたものを読んでみると、高木氏とは関係ない部分でも首をかしげる記述が多い。
http://blogos.com/article/93621/

日本政府が譲歩できない(そして問題が決着しない)原因だ。そもそも植民地に対して旧宗主国が謝罪や賠償をしたことはなく、日韓条約も5億ドルの「経済協力金」を払っただけだ。

他国が謝罪や賠償しないから日本もできないというのは、いささか道義的にどうかと思うところである。ちなみにオーストラリアのラッド首相が2008年にアボリジニへ謝罪したりしている。
「ものすごい力が湧き出た」、200年を経てアボリジニに公式謝罪・豪政府 写真27枚 国際ニュース:AFPBB News

雄弁な演説の中でも最も注目されたのは「お詫びする(sorry)」という謝罪の言葉で、首相はこれを6回繰り返し、そのたびに議会傍聴席に集まったアボリジニなど約3000人は歓声や口笛、旗を振るなどして歓迎を表現した。

もちろん高木氏についての記述も首をかしげる

これに対して「個人の賠償請求権は日韓条約で消滅していない」というのが、高木健一弁護士の主張だ。

国家間条約で個人請求権が消滅しないことは、日本政府と同じ立場である。条約で放棄するのは外交保護権だけという1991年の答弁は有名だ。
参議院会議録情報 第120回国会 内閣委員会 第3号

○説明員(高島有終君) 私ども繰り返し申し上げております点は、日ソ共同宣言第六項におきます請求権の放棄という点は、国家自身の請求権及び国家が自動的に持っておると考えられております外交保護権の放棄ということでございます。したがいまして、御指摘のように我が国国民個人からソ連またはその国民に対する請求権までも放棄したものではないというふうに考えております。

外交保護権がなくなったので、日本政府が賠償請求をふみたおしても韓国政府は文句をいえなくなった。逆にいえば、日本政府が立法措置などで補償することへの制約などもない。
こうなると、訴訟でBLOGOSにも批判が向かうかどうかも興味深い。もし吉田清治証言を掲載したメディアのように検証や謝罪をせまられるなら、それはそれで良い動きだと皮肉でなく感じる。


さて本題だが、1997年の決算委員会において、安倍氏が下記のように主張していた*2
衆議院会議録情報 第140回国会 決算委員会第二分科会 第2号

○安倍(晋)分科員 河野官房長官談話の中で、「官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」というこの文章、この文言なんですね。しかしながら、これは実際、資料においては全くそのことが証明されなかったということは、もう既に国会の審議の中でも明らかになっております。これは民間団体等も、何とかそういう資料が出てこないかといってウの目タカの目で探した結果でも出てこなかったということで、十六人の元慰安婦の人たちの証言に頼らざるを得なかった。
 しかも、この人たちはもちろん名前も公表していない、それはやむを得ないことでありましょうが、裏は全くとっていない。なぜ裏をとらなかったのですかと、これは副長官に私ども質問をいたしましたが、これはもうそういうことだった、とてもそういう裏をとるというようなことができる状況ではなかったということであります。

河野談話についての主張は、後の第2次安倍政権でおこなわれた検証で誤りとわかった。十年以上もかけて結果的に自説の誤りを検証したのだから皮肉なものである。
従軍慰安婦証言を否定しても河野談話をゆるがすことはできないことが、検証報告書で明らかにされた - 法華狼の日記


つづけて安倍氏は、インドネシアで高木氏も参加していた補償活動について、下記のように主張した。

 インドネシアにおいて、例のアジアのための基金に対して、元慰安婦だった人たちを募ったところ、何と二万人も出てきたということであります。我が軍は一万人ちょっとぐらいしかインドネシアにいなかったにもかかわらず、二万人も出てくるというのは、これはほとんどの人が実態と違う、うそをついているということでありますから、常に、こういう歴史においては私は検証が必要になってくる、こういうふうに思うわけであります

この主張はインドネシアにおける登録数からして位置づけが誤りだ。
そもそも約2万人の全てが厳密な慰安婦というわけではない。アジア女性基金サイトの論文で説明されている*3
http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p089_105.pdf

厳密な意味の慰安婦だけでなく、日本軍将兵に強姦されたもの、特定の日本軍将校の現地妻にされたものなども含み、Wanita Selir(ジャワ語で妾の意)という広い定義のもとに登録を受け付けている。その結果現在、全国で19,573名が登録している(その地域別一覧は付録を参照)。


何より、日本軍が約1万人しかインドネシアにいなかったという主張の意味がわからない。
旧厚生省援護局の発表した統計によると、首都のあるジャワ島だけで敗戦時に約5万人の陸海軍が残存しており、スマトラと小スンダを足せば約13万人となる*4。他にもインドネシアを構成する各島に日本陸海軍が存在しており、その総数は終戦時点で20万人を超えていたようだ*5。さらに戦死者や増減を考慮すれば、占領期をとおした兵数は終戦時の兵数よりも多い。


むろん将兵の全てが慰安所に行けたわけではないだろうし、利用したと思われる人数は推計するしかないが、インドネシアにいた日本軍が1万人という数字はありえない。
たとえばWikipediaの「高木健一弁護士」項目でも日本軍2万人という有名なデマが記載されているが、そのさらに半数だ。
高木健一 - Wikipedia

インドネシア英字紙「インドネシア・タイムス」会長のジャマル・アリは「ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦インドネシアに居た日本兵は約2万人だった)がいたというのか。どうしてインドネシアのよいところを映さない。こんな番組、両国の友好に何の役にも立たない。我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。『お金をくれ』などとは、360年間、わが国を支配したオランダにだって要求しない」と批判した[8]。

8.^ a b c d 中嶋慎三郎「日本人が捏造したインドネシア慰安婦 」『祖国と青年』1996年12月号、日本協議会・日本青年協議会

インターネットを検索しても日本軍2万人説ばかりが引っかかり、1万人説は安倍氏の主張を引いたものばかり。元ネタの見当もつかなかった。
しかし影響力が少なそうとはいえ、できれば安倍氏自身が取り消すべき発言ではあろう。

*1:http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51910245.html

*2:この主張は、実は少し前にscopedog氏も問題点を指摘している。http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140313/1394720851

*3:テキストはこちらでテキスト化されているものを引用した。http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/531.html

*4:こちらのPDFの3頁目に引用されている。http://kanagawa.uketugu.org/uketugu-kanagawa/uketugu-kanagawa/newsletter26.pdf

*5:こちらのサイトを参照のこと。http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/8050.html