法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

朝日新聞の第三者委員会の人選にまつわる評判

朝日新聞が過去に報じた従軍慰安婦問題について、第三者委員会の参加者が発表された。
http://www.asahi.com/articles/ASGB24TH3GB2UHBI01T.html

 委員長には、元名古屋高裁長官で弁護士の中込秀樹氏(73)に就任をお願いしました。委員は、外交評論家の岡本行夫氏(68)、国際大学学長の北岡伸一氏(66)、ジャーナリストの田原総一朗氏(80)、筑波大学名誉教授の波多野澄雄氏(67)、東京大学大学院情報学環教授の林香里氏(51)、ノンフィクション作家の保阪正康氏(74)の6人です。

 また、朝日新聞が8月5、6日付朝刊に掲載した特集「慰安婦問題を考える」でもコメントを寄せていただいた現代史家の秦郁彦氏(81)のほか、神戸大学教授の木村幹氏(48)ら慰安婦問題に詳しい有識者をはじめ、委員会が必要と認めるテーマについて専門家をお招きし、ご意見やご提言をいただきます。

ざっと見て、「中立」好みな人選と感じた。はっきりいえば、保守派なりに学問の範囲にとどまっている人物から、ほとんど学問的な知見を持っていなさそうな人物、すでに学問の外へと踏みはずした人物ばかり。


たとえば田原総一朗氏など、『週刊朝日』『中央公論』『プレジデント』『文藝春秋』といった幅広い雑誌で連載をおこなっている*1。立場もフリーアナウンサーで、所属事務所は日本テレビの系列だ*2。扶桑社や小学館からも書籍を出している。評判を聞くと、どうやらテレビ朝日系列の『朝まで生テレビ!』の司会という印象ばかり強いようだが、その番組内容にしても多様すぎる意見をさばくばかりで、まさに「中立」好みの立場だと思っていたが。
さらに北岡伸一氏は安倍晋三首相の私的諮問機関で座長代理をつとめているし*3岡本行夫氏は米国下院決議に対して当時の安倍首相の気持ちをわかると主張していた*4。波多野澄雄氏も日本政府に近しい態度をとりつづけ*5、かつて防衛庁で研究をおこなっていた*6
女性の人権にかかわる問題なのだから、最低でも男女比をそろえられなかったものか。せめてもの救いとなるのはマスメディア研究者の林香里氏くらいだ*7


三者委員会の体裁をたもちつつ、これ以上に政権におもねりようがない人選だと思うのだが、それでも朝日新聞よりだという不満の声がある。
たとえば[twitter:@Fuwarin]氏による批判エントリが注目と賛同を集めていた。
すき家の事案が神々しく見えてくる、朝日新聞の第三者委員会の内情 - 【ネタ倉庫】ライトニング・ストレージ

朝日新聞の「二つの吉田問題」のうち、吉田証言の方。「従軍慰安婦問題」の話。32年のまるっとした誤報......というか多分に指摘や反論など各種検証があり、関係者からも否定の話があったにも関わらず押し通してきたあたりは誤報の中でも「捏造」に等しい話であり、同時に各方面に与えたマイナスの影響が多大なものに登る事案。

しかし、この記述そのものがデマなのだから、第三者委員会の評価以前の問題である。
朝日新聞は1997年の特集で吉田証言が裏づけられなかったと報じ、そもそも日本政府見解の根拠になっていないとも指摘していた。
そのことは今年8月の朝日検証の済州島記事でもふれられている*8。それを読み落として「押し通してきた」と表現するのは、それこそ「捏造」に等しい話ではないだろうか。


前後するが、Fuwarin氏のエントリで引用されている[twitter:@nihonndameotoko]氏のツイートを読んで、頭をかかえた。

三者委員会の報道で名前が出ているうち、慰安婦特集にコメントを寄せていた学者といえば、秦郁彦氏くらいだろう*9
強制連行の有無、検証あいまい 秦郁彦さん(現代史家):朝日新聞デジタル
朝日検証が不充分だったという先入観にもとづいて、秦氏を朝日寄りとみなしているのだろうか。しかし秦氏といえば済州島の調査で初めて吉田証言を否定した研究者だ。それを否定するならば、わずかなりとも従軍慰安婦問題で日本軍を擁護しようとする歴史学者はいなくなる。
はっきりいって、今の秦氏は戦前日本を擁護するために、学問の外へ道を踏みはずしかけており、人権の観点からは堕ちてしまっている。そういう意味においては、秦氏有識者から外すべきという意見そのものは賛同できるのだが。


そしてFuwarin氏のエントリに対するはてなブックマークを見て、脱力するしかなかった。
はてなブックマーク - すき家の事案が神々しく見えてくる、朝日新聞の第三者委員会の内情 - 【ネタ倉庫】ライトニング・ストレージ

id:damae 「左右両方入れてバランス取りましたこれでいいじゃろ?」感あるで/ま、左の人で朝日新聞で仕事してない人ちゅうのが探すの難しいのかもしれんが保阪正康くらいコテコテのを持ってこないくらいはなあ 2014/10/03

保阪正康氏が左翼に見えるdamae氏は極右の自覚があるのだろうか。
いや、たしかに従軍慰安婦問題を人権問題と著作で評していたりと*10、保守派作家なりに一定の信頼をおける人物とは思っているが、それで左翼あつかいされるのは保阪氏も困るのではないだろうか。


タブロイドサイト「ZAKZAK」も人選を批判していたが、さらに目をおおいたくなる内容だ。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20141003/dms1410031537020-n1.htm

「話にならない。慰安婦問題の専門家で、朝日に厳しい人物がいない。甘い。人選をやり直した方がいい」

 評論家の屋山太郎氏は、朝日の3日朝刊に掲載された第三者委のメンバーを見て、こう語った。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20141003/dms1410031537020-n2.htm

屋山氏は「慰安婦問題を長くフォローし、問題の深刻さを理解している東京基督教大学西岡力教授や、現代史家の秦郁彦氏を入れるべきだ。朝日報道をきっかけに、国際社会で日本が貶められている現実を知り、厳しい意見を言えるメンバーがいない。国民が見て『この人たちが検証するなら…』と納得できる第三者委ではない。世間の常識からかけ離れている」と語った。

秦氏の名前もあがっているのだが、有識者として呼ばれるというのでは不充分なのだろうか。
そして同時に名前があがっている西岡力氏といえば、人身売買される時代は暗黒ではないと主張した、人権感覚の欠落がはなはだしい人物ではないか。
拉致被害者を支援する団体に、拉致問題を否認する西岡力新会長が就任 - 法華狼の日記
研究だけで見ても、河野談話が出てから5年後にはじめてスマラン事件を知ったという、勉強不足にもほどがある人物だ。それこそ話にならない。


本当に従軍慰安婦問題についての知見を求めるならば、吉見義明教授や永井和教授や林博史教授を呼ぶべきだろう。
特に吉見教授などは、朝日検証に寄せたコメントのように問題点を厳しく追及しそうに思うのだが、なぜか朝日新聞を批判したがる向きは嫌悪しているらしい。

*1:http://www.taharasoichiro.com/information.html

*2:http://www.ntve.co.jp/nichien/profile/profile_101.html

*3:http://www.asahi.com/articles/ASG5M763GG5MUTFK018.html

*4:http://www.yukio-okamoto.com/article/paper/paper200705.html

*5:こちらのエントリで2013年の講演が批判的にレポートされている。http://blog.goo.ne.jp/aehshinnya3/e/e81863e232d52d9a32afffa5960276eb

*6:http://www.dpipe.tsukuba.ac.jp/~hatano/index2f.html

*7:残念ながら従軍慰安婦問題における業績は見つけられなかったが、吉見義明教授の裁判を支援する学者名簿に名前があった。http://y-support.hatenablog.com/entry/sandounin1106朝日新聞とはつながりがなく、しかし従軍慰安婦問題に対して妥当な見解を持っていそうな人物という期待を持ちたい。

*8:http://www.asahi.com/articles/ASG7L71S2G7LUTIL05N.html

*9:木村幹氏は、あくまで第三者的な立場で小耳にはさんでいたそうだ。http://www.huffingtonpost.jp/kan-kimura/comfort-women-asahi-shimbun_b_5713083.html

*10:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140118/1390062731