情報分析コンサルタントとして活動し、扶桑社新書なども出している青木文鷹氏*1が、従軍慰安婦問題についてツイッターでデマを流していた。
あまり影響力はないだろうと思いたいが、それゆえ注目されず新しいデマの源流になっても困るので、ふたつほど指摘しておく。
まず、ニューヨークタイムズ記者と従軍慰安婦記事についてやりとりしているTogetterのコメント欄で、性的奴隷の要件が強制性だと主張している。
まとめよう、あつまろう - Togetter
もちろん奴隷という環境は強制されたものである。従軍慰安婦が強制募集されたことも強制連行されたことも強制売春させられていたことも、すべて日本の歴史学で認められている。しかし青木文鷹氏の主張は理屈と位置づけがおかしい。
青木文鷹氏はツイッターで改めて同じような主張をおこなって、ほぼ同内容のTogetterふたつに「ツッコミ」としてまとめられている。
NYT 田淵記者とNaoki Sugiura 氏に対する青木文鷹氏のツッコミ - Togetter
慰安婦問題についてのわかりやすいツッコミ - Togetter
さて、このローマ規定については外務省が公式に和文をあげている。
外務省: 国際刑事裁判所に関するローマ規程(略称:国際刑事裁判所ローマ規程)
引用されている部分だけでも見当がつく人がいるだろうが、第七条1(g)で書かれているのは、「人道に対する犯罪」にあたる行為のうち、性的なそれを並べた文章である。「強姦」「性的な奴隷」「強制売春」等々は並列されているのであって、ひとつの行為が他の行為を説明する要件であるはずがない。
実際に行為の要件というべきか、適用における細かな解説が書かれているのは、第七条2だ。そこで(g)を見れば、「迫害」についてのみ解説している。
ではローマ規定に「性的な奴隷」の解説となる文章がないかというと、そうではない。「人道に対する犯罪」のひとつとして第七条1(c)に「奴隷化」をふくめており、その要件は第七条2(c)に書かれている。
実は青木文鷹氏も気づいているのか、下記のようにツイートして、同じTogetterにまとめられていた。最初のTogetterコメント欄では書いていなかったことだ。
しかし「当人への金銭的対価を払った拘束や性行為は該当しない」という、ローマ規定に書かれていない独自主張も間違いだ。「いずれか又はすべての権限を行使すること」が奴隷化の要件なのだから、金銭的対価を形式的に与えても移動や廃業の自由を制限していれば奴隷化にふくまれうる。
重要なのは、強制がどの段階で存在しても問題視されるということ。募集で強制していなくても連行で強制していれば、連行で強制していなくても現場で強制していれば、それは従軍慰安婦にかぎらず問題視されて当然だ。募集時だけの狭義の強制だけを争点にしようとするから、普遍的な批判と乖離する。
青木文鷹氏のツイッターを見ると、クマラスワミ報告書への反論でも間違いをおかしていた。
青木文鷹氏が引いているのはアジア女性基金の翻訳だろう。略している部分には「そこでもともと1932年に導入された慰安所の計画が復活したのである。」*2と書かれている。もともと存在した計画を復活させたのであれば、慰安所を運用するまでの期間は短くてすむ。12月13日以降であっても1937年末まで時間があることは間違いない。
さらに該当部分を「日本の戦争責任資料センター」による翻訳で読めば、時系列のニュアンスが異なっている。少なくとも「暴力」が「南京陥落後」だけとは断定できない。
http://space.geocities.jp/japanwarres/center/library/cwara.HTM
1937年に日本の皇軍が暴力的結果を伴いつつ南京を占領したとき、日本の当事者たちは軍の規律と士気の状態について考えざるをえなくなった。1932年当初に導入されたような慰安所計画が復活した。上海の方面軍は業界とのコネを利用して、1937年末までに軍の性的サーヴィスのために出来る限り多くの女性を手に入れた。
そう、「南京陥落後に掃討作戦が約一月半、この期間」という仮定そのものが歴史学の蓄積を無視した主張なのだ。上海を占領した日本軍が南京へ侵攻をはじめたのが1937年11月のこと。そこから南京までの進軍で、日本軍は規律の問題に悩まされていた。
そして南京郊外に日本軍が到達して戦火をまじえ、蒋介石が撤退命令を出して戦闘の帰趨がはっきりした12月11日に、日本軍は慰安所設置の命令を出している。これは飯沼守上海派遣軍参謀長の日記に記録がある。そして軍後方がまとめた案を受けて、上海派遣軍参謀の長勇中佐が12月19日に軍慰安所を設置しはじめた。
こうしたことは吉見義明『従軍慰安婦』にも細かく説明されているし*3、アジア女性基金サイトでも12月21日に上海総領事館警察署長が長崎へ送った書類が掲載されている。
慰安婦とは―女性たちを集める 慰安婦問題とアジア女性基金
設置に当たっては、多くの場合、軍が業者を選定し、依頼をして、日本本国から女性たちを集めさせたようです。業者が依頼を受けて、日本に女性の募集に赴くにあたって、現地の領事館警察署長は国内関係当局に便宜提供を直接求めています。
上海総領事館警察署長が長崎水上警察署長に送った依頼文
1937(昭和12)年12月21日 『資料集成』1巻36-38頁
本件ニ関シ前線各地ニ於ケル皇軍ノ進展ニ伴ヒ之カ将兵ノ慰安方ニ付関係諸機関二於テ考究中ノ処頃日来当館陸軍武官室、憲兵隊合議ノ結果施設ノ一端トシテ前線各地ニ軍慰安所(事実上ノ貸座敷)ヲ左記要領ニ依リ設置スルコトトナレリ
つまり青木文鷹氏は、代表的な新書に書かれたことも、日本政府の半公式的な見解もふまえていない。そして資料でも裏づけられた慰安所設置の時系列を勝手な仮定で否定し、クマラスワミ報告書を批判しているわけだ。
これでよく情報分析や戦略立案のコンサルタントがつとまるなと不思議に思うところだが、分析するそぶりで依頼者の願望を満たしてやれば虚業としては成立するのかもしれない。
そう考えると、一連の下記ツイートも単なる宣伝文句にすぎないのだろう。信じて依頼する有力者があらわれないことを願うばかりだ。
先述の吉見義明『従軍慰安婦』は1995年に出版され、その資料的な核となった『従軍慰安婦資料集』は1992年に編集されている。青木文鷹氏は20年は遅れている。
ただし、吉田清治証言がクマラスワミ報告書の核ではないと認識しているだけでも、少なくないマスメディアや政治家よりは正しく分析できているのだ。
クマラスワミ報告書と吉田清治証言と性奴隷認定の関係をめぐるデマ - 法華狼の日記
朝日検証以降、マスメディアもインターネットも朝日批判するそぶりでデマを流す競争をしている件について - 法華狼の日記
青木文鷹氏を批判すればすむという問題ではない現状が、いっそう絶望的に感じられる。
*1:ツイッターアカウントは[twitter:@FumiHawk]。チャンネル桜キャスター等をつとめている藤井厳喜氏が2010年参院選に立候補した時に選対委員長をつとめたらしい。http://www.gemki-fujii.com/blog/2010/000671.html
*2:http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf
*3:22頁以降。