法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

東日本大震災の直前に漫画解説で書かれた、日本の耐震災技術への高評価

藤子・F・不二雄大全集 みきおとミキオ/バウバウ大臣』には、ふたつの傑作連作短編が収録されている。
みきおとミキオ|藤子・F・不二雄大全集 【第2期】|小学館
現代の少年が百年後の未来にいる少年といれかわり、それぞれの視点で社会を見つめる1974年の『みきおとミキオ』。
王子の生まれ変わりとみなした主人公に対して、大臣と女官が教育をほどこそうとする1976年の『バウバウ大臣』。
それぞれ短命連載に終わったが、代表作のパターンをふまえたような設定でいて、よりブラックコメディな社会風刺となっている。
前者が立場を入れかえるだけで特別な道具は使わないこと、後者は王子を叱咤する立場でもある大臣はドラえもんより毒舌が多いこと、といった対照性が面白い。


その『みきおとミキオ』に、「大地震」というエピソードがある。百年後の未来では、地震を生むような大地のひずみを安全地帯で開放して、大地震を防ぐという。地震が計画的かつ安全になったため、地震を起こす場所に人々が集まって揺れを楽しむという問題まで起きている。
それについて言及した最相葉月氏の巻末解説を読み返すと、何ともいえない気分になる*1

地震のエネルギーを分散させる「しん防車」はまだないけれど、地震災害を軽減する日本の技術は今や世界最高レベルに達しています。

この巻の初版は2011年3月30日のこと。もちろん巻末解説の原稿が書かれたのは、東日本大震災より前のはずだ。


なお、最相葉月氏は実家が神戸にあることもあって、阪神淡路大地震のことを著作でふれたりと、ノンフィクション作家として震災も題材にしつづけていた。
解説全体を読んでも、現代の技術をひたすら賞賛しているわけではない。もともと『みきおとミキオ』の未来像に1970年代の社会不安が反映されていることを指摘し、『沈黙の春』や『複合汚染』がベストセラーになっていたことを説明。2011年の時点でも、『みきおとミキオ』をリトマス試験紙ととらえた上で、先に引用した直後で下記のように結論している。

自然環境や生物多様性を守ろうという意識はずいぶん高まっていますが、世界各国が足並みをそろえるまでにはまだ時間がかかりそうです。リトマス試験紙の成績は、もう少しがんばりましょう、というところでしょうか。

日本の問題ではなく世界各国の足並みというとらえかたではあるものの、社会を全肯定しているわけではない。日本の耐震技術を賞賛した部分も、バランス良く長所短所をならべようとした時の、未成熟な長所といったくらいの位置づけだ。それでも直後の出来事と比べて、過信としか思えないような表現になってしまった。
バランスをとろうとすることの難しさ、バランスを自己目的化した文章の危険性、といったことを感じざるをえない。もちろん技術に限った話ではないし、他人事でもないわけだが。

*1:490頁。留学する女学校の先輩へ自作小説を贈ったエピソードなど、全体としては適度にリリカルで時代性も踏まえた、良い解説なのだが。