法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』地底100マイルちょっとの大作戦

のび太ドラえもんへの誕生日プレゼントとして虹色のチョウを捕まえようとする。それはジャイアンスネ夫のついた嘘のはずだったが、実際に虹色のチョウのペンダントをつけた少女ラピスがあらわれる。
ラピスを追って未来から来た警備隊と戦いながら、地面にもぐれる乗り物「潜地艦」で、のび太ドラえもんとラピスは宝探しをすることとなる。
ラピスにドラえもんたち、警備隊にジャイアンたち。たがいに友人が人質にとられたと考えながら、地中を追いつ追われつ謎の宝に向かう冒険が始まった。


ドラえもん誕生日1時間SPは、今年も予想をうらぎりながら期待にこたえる内容だった。古き良き空想科学小説のような映像世界を、最新の科学知見にもとづいて成立させている。
脚本は例年通り水野宗徳で、コンテ演出は昨年の誕生日SPにひきつづき高橋敦史。ゲストキャラクターデザインとして丹地陽子も登板。
『ドラえもん』真夜中の巨大ドラたぬき - 法華狼の日記
原作に登場する、ねじ巻き式の潜地艦。それをポンコツにアレンジし、地中の排水管や廃棄物を避けなければならないよう機能を制限。それが立体的な操船という映像の面白味を生み、障害を越えなければならない物語の緊迫感を生む。潜水服ならぬ潜地服を使った地中での活動や、囮となるロボットモグラの発射管といった独自のギミックも面白い。それも場面ごとの使い捨てで終わらず、さまざまな応用を見せていく。
そうして描かれる地中世界は、センスオブワンダーの塊だ。地表近くを縦横にのびる排水管、高層ビルの基礎となる杭打ちの騒音、土の下にある強固な岩盤、雲のような地下水、水晶が林立する巨大空洞……現実には見ることのできない情景を、アニメならではの立体的な表現として成立させた。


ゲストキャラクターとレギュラーキャラクターのバランスもいい。
あたかもドラえもんとドラミがケンカするかのように予告されていたが、実際は少女と警備隊の追跡劇にまきこまれるかたち。警備隊が悪者ではないと前半で明かされたため、『ローマの休日』みたいな展開かと思ったが、それとも異なっていた。
少女と警備隊のどちらが悪いのか、そもそも目的や目標は何なのか、そうした謎が緊張感を生んで、結末を予想させず飽きさせない。それぞれに協力することで、ドラえもん側もジャイアン側も活躍できる。
そうして協力と衝突をくりかえしながら目的地にたどりつき、誰にとっても後味が良い、さわやかな結末をむかえた。ラピスの正体は、ドラえもん世界ならではの古典的な設定。SF的にこみいったプロットが楽しく、キャラクタードラマに伏線がおりこまれていた。


通常のBGMに、地底探検ならではの独自の歌詞をつけて挿入歌あつかいにしていたのも楽しかった。よく冒険映画で見かける演出に、いい意味で手作り感がくわわっている。
音響演出といえば、今年はゲスト声優が田村ゆかりということでも一部に注目されていた。公式サイトも特別にインタビュー記事をあげているほどだ。
http://www.tv-asahi.co.jp/doraemon/news/0086/index.html
そして作画監督は5人と多め。柔らかいキャラクター作画は良かったが、例年の誕生日SPに比べると特別に目を引くカットは少なかった。中盤の潜地艦戦の一部と、巨大空洞で潜地艦が壊れる一部くらいか。クレジット順から考えて、前者が田中薫、後者が小野慎哉の原画だと思う。
とにかく地中世界を表現するための映像リソース量が半端なく、それを処理するため全体にまんべんなく力をそそがざるをえなかったのだろう。複雑な排水管をすりぬける場面で精緻な背景動画を使ったり、奥行き表現のため遠景と近景を階層わけして動かしたり、とにかく手間ひまのかかっていそうなカットが多い。映像全体に劇場レベルの厚みがあったことはたしかなので、今回も一作品としては楽しめる内容はあった。