法華狼の日記

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従軍慰安婦問題についての朝日検証を読んでなお、朝日新聞の影響力を大きく見積もる人々

自社記事への批判に応じた特集で、朝日新聞の報道に大きな独自性はなかったことや、数少ない独自記事で日本政府に影響を与えたという推測も内実は異なっていたことが明らかにされた。
朝日新聞が従軍慰安婦問題を特集 - 法華狼の日記

単独で報じたといえるのは、副官通牒と呼ばれる軍関与証拠資料くらい。しかもこれは先日の河野談話検証で、直前に日本政府が把握していたと報告された*2。朝日検証でも指摘されている。
「軍関与示す資料」 本紙報道前に政府も存在把握:朝日新聞デジタル
慰安婦と挺身隊の同一視、加害証言として注目された吉田清治著作、実名の被害証言として注目された金学順証言、どれも既存の著作や活動を紹介したものだ。先述の朝日検証でならべられているように、前後して他紙も報じていた。


この朝日検証に対して、大屋雄裕教授*1という法哲学者の評価を見かけて、その典型的な平凡さを意外に思った。言及するならば視点くらいは工夫しそうな人物だと思っていたのだが。

しくじっていない「初動」とは、どの時点を想定しているのだろうか。
朝日新聞吉田清治証言を肯定的に紹介した時期は、他社でも肯定的な紹介がおこなわれていた。1997年の検証報道時点でも信憑性がうすいと評価していた。そして今回、改めて特集で撤回を表明した。
これまで朝日新聞に限らず、従軍慰安婦問題にかかわる新たな知見が出されても、わざわざ自社記事を撤回したり検証することはまずなかった。問題が確認できなかったという記事の後から問題が確認されても、新たに確認されたと報じることが基本で、撤回や検証が要求されることはない。

揚げ足をとるべきでないと主張しているのは誰だろうか。少なくとも朝日検証では細かく他社の報道を調べており、逆に揚げ足をとるなという反応がされているように感じられる。
むしろ特集全体では細かく論じているのに、「ぐだぐだな訂正報道」*2としか評価できないツイートを否定せずリツイートしているのが大屋教授である。
それに、以前に百田尚樹NHK経営委員の問題について、報道がほとんどなかっただけで判断を誤り、それを批判されたらアナクロニズムと言い返した大学教授 - 法華狼の日記でとりあげた下記ツイートとは、どのように整合するのだろうか。


さて、強制連行が否定されたというのは、朝日検証を一読するだけで明らかな誤読とわかる。それでも強制連行が否定されたと主張している人々は、もともとそういう人々なのだろうから、ここでは改めて追及しない。
ここで問いたいのは、そういう人々の主張を肯定的に紹介した周囲だ。紹介者は、吉田清治証言を紹介した1990年代初頭の朝日新聞と似た立場にあると自覚しているだろうか。
朝日新聞に求めたのと同じくらいの誠実さを、身をもって示せるだろうか。あるいは自らが誠実でなくてもいい説得的な理由を説明できるだろうか。


ツイッターのようなSNSなら、たいていの紹介機能が公式に実装されており、内容を改変することなく紹介元へのアクセスを容易にしているから、新聞社の責任とは同等視できないだろうとは考える。
BLOGOSやガジェット通信やYAHOO!個人ニュースのように、個人の意見を転載して紹介するWEBメディアでもデマが流されているが、紹介した個人に責任を負わせることで紹介者としての責任を回避している。
誰もWEBメディアが過去の自社記事を検証する特集を組むなどという期待はしないだろう。せいぜい1997年に検証するまでの朝日新聞のように、複数の主張をつたえて情報を更新していくだけ。


逆にいえば、新聞がSNS等よりも高い信頼性を期待されつづけることを前提としてのみ、責任を問える。
そこで新聞社を比べてみると、ほぼ横並びで報じていたなかで、朝日新聞は唯一の自社検証と撤回記事を出したといっていいだろう。1997年の時点でも証言としてあつかえないことを検証していたが、今回あらためて否定したかたちだ。

つまり「失点」というより、大手新聞社でただひとつだけ加点したという評価が正しい。遅ればせながらとはいえても、自社記事の検証をこばんだ他社と比べて批判できるはずがない。
朝日検証で強制連行が否定されたなどという誤報を重ねている一部紙にいたっては、妥当性において比べるべくもない。


もちろん、これまで書いたことをふまえてなお朝日新聞が充分に反省していないという意見はあるだろう。
しかし横並び報道で影響力のある大手紙のみ責任を追及するならば、それは朝日新聞が信頼性を最も期待されていることが前提でなければおかしい。
私個人は朝日新聞を特別に信頼するつもりがないので、ことさら追及するつもりはないが、他人が朝日新聞を最も信頼することを否定する気もない。これは皮肉でなく、本心から思っている。
実際に朝日検証の専門家インタビュー記事で、最も朝日新聞へ厳しい指摘をしているのは吉見義明教授であった。きっと報道機関として一定の信頼をしているからだろう。
被害者に寄り添う報道必要 吉見義明さん(中央大教授):朝日新聞デジタル

 問題と感じたのは、今回の紙面を読んでも、慰安婦問題の何が課題で、何をする必要があるのか、朝日新聞が考える解決策が見えてこないことだ。被害者に寄り添う姿勢が紙面からうかがえない。


ちなみに大屋教授は朝日新聞の責任について、下記のようなツイートもしている。

まず東京スポーツ記事を事実ととらえたツイートを否定せずリツイートしているが、吉田清治証言を紹介したことを批判するなら東京スポーツの信頼性を大屋教授は保証するのだろうか。
それにリツイートされた「許してこなかったのは朝日ですよね」という文章だが、たとえば朝日新聞日中戦争の傷跡をルポタージュした本多勝一記者は、下記のように戦争責任をとらえていた。初出は朝日新聞の社内雑誌『えんぴつ』で、朝日文庫『殺す側の論理』に収録されている*3

南京大虐殺が行われていた当時、私はまだ幼児でした。おっしゃるように、 たしかに“一般人民”としての幼児の私には、この罪悪に対して直接の責任はありません。 本質的には、中国の民衆と同じく、日本の民衆も被害者だった。ですから私は、同じ日本人の罪悪であっても、私自身が皆さんに謝罪しようとは思いません。問題は過去よりも現在なのです。日本の一般人民は、日本敗戦後二十数年すぎた今なお、中国で日本人が何をしたかという事実そのものを知らされていません。日本がまた侵略戦争への道を歩んでゆく危険があるとき、それを私たちがもし何もしないで傍観しているとしたら、こんどは私たちに直接責任があることになるでしょう。過去の軍国主義を“おわび”したところで、何もなりません。現在の軍国主義の危険を阻止することこそ、真の謝罪になるのです。

これはまさしく「自分がやっていない戦争の責任で批判するな」という主張だろう。そのうえで現在の責任を国民ひとりひとりに問うている。もちろんひとつの新聞社でも記者個々人の考えは異なるわけだが、それを認めるならば[twitter:@ryoko174]氏の主張は根底から崩れるわけだ。
さて吉田証言の紹介を批判した大屋教授は、まともな根拠のないryoko174氏のツイートを安易にリツイートした責任を認めることができるだろうか。それとも自身のSNSにおける発言は朝日新聞より信頼性が期待できないことを認められるだろうか。