法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

東京大空襲の被災者に見る、証言の齟齬と細部の異同

読み返して改めて面白い逸話だと思ったので、コメント欄から再掲する。
従軍慰安婦問題で、池田信夫のしっぽが「国益」を主張する - 法華狼の日記

慰安婦に限らず、一人一人の戦災証言を見ていけば、時間によって変化していることは多いものです。著名な証言者を追っていけば、細部の省略や記憶違いが見られることは少なくありません。


たとえば、エッセイストの海老名香葉子氏は戦災体験が2度アニメ映画化されています。
1990年、最初にアニメ化された『うしろの正面だあれ』では、終盤で兄が助けてくれる場面を描こうと監督が考えていました。原作では詳細が書かれていないものの、実際にあった出来事でした。しかし原作者も了承したのですが、「生きていくために何でもやった」「登場したんじゃ申し訳ない」と兄の側が恥ずかしがって断ったそうです。そしてこの時に兄妹が当時のことを話しあい、それまで妹が知らなかった兄の行動が初めて語られるなどしたそうです。これらのことは、『子供たちに夢と平和を』という、監督の著作に書いてありました。
しかし2度目のアニメ化『あした元気にな〜れ!〜半分のさつまいも〜』では、関係者の心境が変化したのか、兄妹の関係を中心とした戦後史が物語の中心となりました。原作の『半分のさつまいも』も、『うしろの正面だあれ』のアニメ映画から7年ほどたった後の、自伝的作品です。
意図せず詳細に証言しなかったことも、関係者が意図して証言をさまたげたことも、戦後長くたってから親類から補足されたことだってある。日本の戦災体験は一個人にフォーカスを当てないことが多いものの、個別に詳しく見ていけば、やはり慰安婦証言と同じような齟齬は出てくるということです。

コメントで情報源とした有原誠治監督の書籍は、『子どもたちに夢と平和を アニメーターからの手紙』が正式なタイトル*1。『あした元気にな〜れ!〜半分のさつまいも〜』は『うしろの正面だあれ』に比べると無名だが、NHK教育で放映されたこともある。『伝説巨神イデオン』等で知られるベテラン湖川友謙が、ひさびさにキャラクターデザイナーとして全力でとりくみ、さっぱりしたシャープな絵柄で戦後の市井をいきいきとしたアニメーションとして表現していた。
また、映画『うしろの正面だあれ』において画面構成を担当した片渕須直監督のWEBサイトコラムで、これとはまた違うベテランアニメーターの現実そのままとは異なる証言が書かれたこともある。
オーラルヒストリーを物語に定着するということ - 法華狼の日記
証言が事実と同一でなく、あくまで主観できりとられたものということは、前提として考慮すべきこと。証言にぶれがあったからといって、太平洋戦争や東京大空襲があったことが否定されることなどありえない。証言者の体験した事実の核まで安易に否定されることもまずない。

*1:該当する部分は43〜45頁。