法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『幻想即興曲 - 響季姉妹探偵 ショパン篇』西澤保彦著

数十年前の貸本屋で、ある男の腹に包丁が刺された。その直後、黒衣の女と、男の妻に横恋慕していた若者が目撃される。
すぐに犯人として捕まったのは男の妻。しかし同時刻に別の場所で、妻がピアノの前に座っている後姿を、少女と少年が目撃していた。
その少女はやがて小説家を目指し、事件を題材とした原稿を書き上げかけたのだが……


この著者らしく、音楽と同性愛を耽美に描きつつ、身勝手で利己的な悪意があばかれていく。しかし遠い過去の事件であることと、姉妹探偵の性格のおかげで、他の作品に比べるととげとげしさは少ない。
物語の大半は作中作で、それを前後からはさむように、原稿をあずけられた姉妹の推理が展開される。だから地の文は必ずしも信用してはならない。


ミステリ部分はシンプルな真相で、事件だけとりだせば短編で完結させられそう。トリックは古典的なものが語られるだけで、人間の動きや思惑のからみあいで謎が生まれて解明される。
誰が刺したのかという真相については、示唆しつづけながら物語の主軸から絶妙に外しつづた技巧が良い。とある人物の序盤の行動には大きな違和感があったが、その後につづく物語の流れで完全にめくらましさせられてしまった。
思惑を隠した人物が複数いるが、その思惑の物語における位置づけを隠しているので、真相を把握するためには事件以外の細かな謎も解かなければならない。逆に、事件と関係ないパートでも謎が生まれては解明されていくので、物語の先行きに興味をもちつづけることができた。


ごく個人的な印象として、2012年に書き下ろされた作品のはずなのに、奇妙な既視感がつきまとって離れなかった。ちゃんと真相では驚けたし未読だとは思うが、事件の状況や他のディテールにどこかで読んだかのような印象があった。
ただ、この著者らしく記憶の錯誤もとりいれられた作品であり、貸本屋で起きた殺人事件という設定には郷愁も感じさせるし、作品と読者が二重写しになったかのような感覚と思っておけばいいのかな。