法華狼の日記

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東京都美術館から政治性をおびているとして作品が撤去された背景について

このアートから靖国参拝批判だけ削除させるって、逆に検閲の真意が明らかになるだけだと思うのだが - 法華狼の日記
先日の都美術館事件について、東京新聞記事を引用したところ、コメント欄でid:fnorder氏が疑問を発した*1

Kim Shirly 2014/02/21 09:55

小室副館長は取材に「こういう考えを美術館として認めるのか、とクレームがつくことが心配だった」と話す

「撤去させる側の論理」をあまりに正直に語ってくれるんで、拍子抜けするほどです。
こういう自己規制の積み重ねの行き着く先を、表現活動の一翼を担う者として副館長氏はどう思っているんでしょうね。

fnorder 2014/02/21 12:36
どうかな。『心配だったから撤去を求めた』とはどこにも書いてないですよね。

はたして小室明子副館長の言葉は、作品の撤去とは無関係に出された心情なのだろうか。


撤去の要請が懸念にもとづいていることは、もちろん各紙報道で誤読のしようもなく明記されていた。
http://www.asahi.com/articles/ASG2L5HHSG2LUTIL033.html

主催者は「表現の自由を侵害する」と反発したが、同館は「政治的な宣伝という苦情が出かねない」とし、協議の末に作品の一部が削除された。

http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20140219-OHT1T00057.htm

小室副館長は、靖国神社参拝などを批判する表現がこの規定に該当すると判断し「来館者から批判されることを懸念し、撤去を求めた」と説明している。

規定に引っかかるという理屈は、まだ来ていない抗議をおそれたために適用されたのだ。
このスポーツ報知記事には、作家側が要請に応じた理由も引いてある。

同展は、美術館と「現代日本彫刻作家連盟」の共催。中垣さんは同連盟の代表を務めている。
中垣さんは「美術館が、美術や言論の自由を守らないのはおかしい。しかし私は連盟の代表なので、閉会を避けるためにやむを得ず自分の作品の一部を取り外した」と話した。

作者が要請に応じたことへの批判もあったが、ひとりの表現者でありつつ展示会の責任者でもあることの葛藤があったのだろう。


東京都美術館がクレームをおそれるようになった背景に、従軍慰安婦をモチーフにした作品が抗議された過去があるという。赤旗が美術館側の主張として報じていた。
靖国参拝批判の作品 撤去要求/東京都美術館 「政治的メッセージ」/作者 「表現の自由侵す」

同美術館によると発端は一昨年前。「従軍慰安婦」をテーマにした作品で「政府は補償すべきだ」などの表現に、お客から「不愉快だ。公立の美術館で一方的な展示はやめるべきだ」とクレームがつきました。以来、同館は賛否の分かれるテーマで、直接的な主張が盛り込まれた作品については「確認」するようになったといいます。昨年も「従軍慰安婦」をテーマにした作品の取り外しを提起しています。

問題になった作品は下記エントリで紹介され、展示をおこなっていた団体JAALAからの説明文も掲載されている。
「今日の反核反戦展2012」開幕 | 丸木美術館学芸員日誌

 この2作品は、韓国・民族美術人協会に所属する2人の作家...の作品です。
 作品は去る8月東京都美術館で開かれた「第18回JAALA国際交流展−2012」に出品されました。しかし会期中に東京都美術館より、政治的主張の強い作品の展示を禁止した使用規定に該当するとして撤去を求められ、表現の自由を基とする反論、抗議をしましたが結果的にやむなく会期途中での展示終了となりました。
 今回、原爆の図丸木美術館での「今日の反核反戦展2012」にご厚意を得て出品させていただきました。観客の皆さんによくご覧をいただき、美術行政の芸術表現に対する視点についてお考えをいただきますようお願いいたします。
 (JAALA美術家会議)

画像から判断する限りは、中垣作品よりさらに文章の比重が少なそうに見える。本当に問題視された一昨年前の作品なのかと感じたほどだ。
また、抗議があったという報道と、会期中の展示終了という情報を合わせれば、都美術館側の主体的な判断としては美術作品として充分に成立していたのだろう。


このJAALAとは「日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ交流美術家会議」の略称で、各国の美術家に参加を呼びかけている。
http://www.jaala.jp/
公式サイトは「第18回JAALA国際交流展」の参加を呼びかける状態で更新停止しているが、下記のように広い地域との交流をはかっていたことが確認できる。

 西アジアクルド、近隣の韓国、中国の友人たちからはすでに参加の希望が来ている。目下話し合いが持たれている台湾からも若い作家たちが出展することになろう。また、情報が遅れたが、オーストラリアのアボリジニー・アートの参加の可能性も出てきた。

団体の目標として下記のような文章も掲載されている。

「一枚の絵で戦争は止められないが、言語も国境も越えて人々にそれを考えさせることはできる」と故針生一郎議長は生前、昨年のJAALA交流展で示しました。 戦争、抑圧の不条理に眼と心を向け、人々に率先して美術表現で提示するのが美術家の使命であると考える。針生議長が掲げた理念、志を尊重し、各国、各地域の美術家の心に点じられた灯をさらに大きく燃やし、われわれも共有していきたい。

従軍慰安婦問題についてふれる作品も、きっと団体の趣旨にそっていたのだろう。サイトで紹介されている過去回のメインテーマも、「アジアから戦争をしめだせ」や「国境をこえた民衆の連帯へ」といった文言がならんでいる。
そしてそれら過去の交流展は都美術館で開催されていた。しかし抗議に屈することになったためか、JAALA公式Facebookによると第19回から会場を移す予定だという。
JAALA 美術家会議 - [JAALA 美術家会議では] JAALA... | Facebook

第19回を2014年6月に「川崎市民ミュージアム」で開催する予定と成っている。


こうして経緯を追っていくと、都美術館が抗議に対して萎縮しつづけ、政治性が選択的に見いだされて排除されてきたことがわかる。
作品の巧拙は自由に評価すればいいとして、表現の自由の観点からは、まず美術館とそれをとりまく社会の問題としてとらえるべきではないだろうか。

*1:引用時、引用符を引用枠へと変更した。後述のJAALA美術家会議も引用部分を引用枠へと変更した。