法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『カメラマン亜愛一郎の迷宮推理』

あまり期待せず見たのだが、予想をはるかに下回るひどさだった。2時間ドラマらしい薄いストーリー、テンポの遅いカット割り、安っぽいセット、つまらないトリック。


何より、原作の味わいが全くいかされていない。原作はチェスタントンのような、奇想と逆説に満ちた連作短編集だ。名探偵の亜は、普通の人が注目しないような化石や植物ばかり被写体に選び、奇妙な事件に出会っては切れ味するどい推理で固定観念をひっくりかえしてみせる。
それに対してこのドラマでは、格好こそ原作通りのスーツ姿だが、亜は人間の顔を被写体に選んで下宿先の部屋に飾りつけ、写真の知識や撮影者の心理にもとづいた推理を饒舌に語る。
市川猿之助が亜を演じるのも原作イメージに合わない。浮世離れした雰囲気から、及川光博あたりが演じるのが近いと思うのだが。


もちろん原作のようなトリッキーな展開は全くないし、亜に意外な正体が隠されている様子もない。カメラマン名探偵というドラマ企画が先にあって、後から泡坂妻夫原作ということにしたのだろうと想像できる。
ただ、ネーミングや芸術と老いの葛藤といったモチーフは、亜愛一郎の短編「藁の猫」から引用しているようではある。芸術の狂気に殉じた犯人像を描きつつ、普遍的な人間心理を不合理の背景とした凄みは完全に漂白され、原型をとどめていないが。