法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『手塚治虫のブッダ−赤い砂漠よ!美しく−』

今から2500年前、いくつもの王国が群雄割拠するインド。
奴隷階級「シュードラ」に生まれた少年チャプラは、ひょんなことから魂が体から抜け出して動物に憑依することができる子供タッタと出会う。タッタに反物を盗まれたせいで母親を売り飛ばされたり、タッタの家族に助けられたりしたチャプラ。
やがて2人は協力してコーサラ国のブダイ将軍に復讐しようとするが、鰐に襲われる将軍の姿を見て、助けることを選ぶ。チャプラはブダイを助けてコーサラ国軍に入りこみ、やがてブダイの息子として成り上がっていく。
一方、コーサラ国の侵略に対してかろうじて持ちこたえていたシャカ国に、シッダルタ王子が誕生していた。世界の王になると予言されつつ、心優しく闘争心に欠けて育ったシッダルタは、盗賊の少女ミゲーラと恋をしたり、引き離されたり、カースト制度への疑念を育てていく。
そしてチャプラのひきいるコーサラ国軍がシャカ国への侵略を再開する。かつて自分が味わった苦しみをなぞるかのように、チャプラは村々を破壊しながら侵攻するのだが……


東映アニメーション制作による2011年のアニメ映画。メインキャラクターに俳優が声をあて、全日本仏教界が推薦*1する、1時間50分の大作映画。GYAO!で2月13日まで無料配信中。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00923/v00053/
予定されている3部作の1作目で、2作目『BUDDHA2 手塚治虫ブッダ−終わりなき旅−』の公開が2月8日にひかえている。

3部作という映画の情報を聞いた時に危惧したとおり、ほとんど「ブッダ」と関係ない物語になっている。仮にブログの「歴史」カテゴリに入れたが、「トンデモ」カテゴリでも良かったかもしれないと思うほど。
もともと手塚治虫作品の『ブッダ』は、仏教説話やインド史を題材にしつつも、シッダルタの伝記ではない。あくまで架空キャラクターがおりなす娯楽作品なのだ。特に序盤で視点人物として活躍するチャプラは、シッダルタとも戦場で一瞬すれちがうだけの、カースト制度を象徴する物語の独立した主人公といえる。
ほとんど原作に忠実な展開だけに、この1作目はチャプラの物語という色彩が濃い。シッダルタが画面に登場するのは、映画がはじまって30分。クライマックスもシャカ国の王位簒奪劇ではなく、チャプラと母親の結末にあてられている。
タイトルに「手塚治虫の」とついているのは、ネームバリューを使った宣伝というより、史実とは異なる物語というエクスキューズだと考えるべきだろう。


しかしカースト制度の固定された古代インドを舞台に、群像劇で「諸行無常」を描き出した娯楽活劇と思えば、けっこう嫌いではなかったりする。差別や死の苦しみを正面から描くアニメ映画は多くないし、史実とも仏典とも違えど仏教説話らしさは感じなくもない。
いささか古い作りの教訓的なアニメ映画で、ところどころで俳優の演技はつたなく感じるものの*2、意外と映像面にも隙がない。超常現象の効果が派手すぎるくらいか*3。2011年の時点で、多くのモブキャラクターを3DCGではなく手描きで動かしているアニメは、この作品くらいではないだろうか。いくつかある大規模戦闘も、かなりしっかり細部まで動かしている。
いっそのことシッダルタ視点は入れないほうが映画として完成度が増したのではないかと感じるほど、チャプラの上昇転落劇は印象に残った。

*1:各宗派が協力として別クレジットされながら、原作が連載されていた創価学会の名前はないところが面白い。天台宗曹洞宗真言宗といった代表的な宗派だけでなく、激しく創価学会と対立した歴史のある立正佼成会まで名を連ねている。

*2:アニメ声優経験の多い俳優も多いので、どちらかといえば配役の問題を感じた。俳優のイメージでキャラクターを決めたためか、全体として声質が年齢に合っていない。特に、若い外見のチャプラを堺雅人が担当するべきではなかったと思う。一方で、王位簒奪をねらう藤原啓治は、当時に演じることが多かったキャラクターらしい演技が楽しかった。

*3:原作通りとはいえ、何らかの改変をすべきだったと思う。動物とすぐに仲良くなって、自由に乗りこなすことができるという設定でも充分だったと思うくらい。