法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ゲームマスターの力は「システムに与えられたもの」?

いやTVアニメ版『ソードアート・オンライン』のラスボスに対して、主人公が発した台詞のことだが。1月初頭に公開された総集編を見て、連続TVアニメで最終決戦を見た当時の違和感を思い出した。
そもそもシステムを作ったのがゲームマスターなのだから、ラスボスより上位にシステムがあるという主人公の感覚がよくわからない。むしろ、システム的には倒されたはずなのに復活した主人公のような、チート的な能力を持っている者こそ、与えられた力で戦っているようなもの。
主人公の台詞は、まるでゲームマスターなどのゲームスタッフとは独立して、自然にゲームシステムが存在しているかのような印象がある。


一応、2クール目の最後に戦ったラスボスは、1クール目のラスボスの後輩で、その技術を流用してゲームを作ったという流れはある。2クール目の最終決戦に、1クール目のラスボスが言葉をかけて主人公を奮起させたという描写もある。だから1クール目ラスボスから盗んだ力じゃないか、などと2クール目ラスボスへ主人公がいったなら理解はできる。
あるいは、ゲームは遊ぶ者がいないとなりたたないという論理で、直前にゲームマスターの身勝手がばれてユーザーが次々にゲームから去り、調査のためゲーム運営企業がゲームマスターの権限を凍結した……といった流れがあるなら、ゲームマスターの力が他から与えられたものだという台詞に説得力があったかもしれない。
微妙なニュアンスの違いだが、クライマックスで名台詞のように位置づけられているため、かすかな違和感なのにぬぐえないまま。原作は未読なのだが、それを読めば納得できる流れで発せられた台詞なのだろうか。