法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『クロッシング』

妻を治療するための薬を求めて北朝鮮を出た父と、父を追って脱北しようと苦難の道をたどる息子。そのすれちがう運命を描いた、2008年の韓国映画
あくまで劇映画だが、現実の脱北者に取材して、リアルな北朝鮮の生活や国境を越える描写をおこなったという。実際の風景をうつしとるため、韓国だけでなくモンゴルや中国でも秘密裏にロケ撮影がおこなわれた。
北朝鮮の住居を再現したオープンセットや、中国やゴビ砂漠の風景を切り取った撮影はすばらしく、映画を見たという充実感はえられるだろう。12月28日からGYAO!で無料配信予定。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00339/v08587/


てっきり脱北の過程をロードムービーとして描く映画だと思っていたのだが、実際に観ると父親の国境越えはあっさりしたもの。もともと父親に脱北する意思はなく、妻が結核にかかったため中国へ出稼ぎに行っただけなのだ。
前後して明かされるが、父親はサッカー選手として国際大会へ出場した経験もあり、北朝鮮においては比較的に安泰な立場だった。密輸で安定した高収入をえている友人もいて、その協力で出稼ぎに出たという背景もある。むろん、そのような立場であっても妻を助けられないというところに、経済だけではない国家の貧しさがあらわれている。
そして父親は不法滞在の出稼ぎだったため官憲に追われ、紆余曲折の結果として脱北支援者に助けられ、幸運にも韓国へ行くことができた。しかし父親は脱北した有名人として会見にかりだされたりするが、妻のために北朝鮮へ戻りたいと願いつづける。出ることも戻ることも個人の自由にならない、愛着をもっている者にすら苦痛をあたえる、そのような国家としての北朝鮮の姿が浮かびあがる。なかでも痛々しいのは、苦労して大金で入手しようとした結核治療薬が、韓国では保健所に申請すれば無料で支給されるとわかった場面だ。
一方で、支援側も父親の意思を充分に尊重できていたとはいいがたい。脱北者内でも、家族をおいてきたという情報だけから、よく知らずに父親へ非難の目を向ける空気が生まれたりする。韓国をわかりやすい理想郷とは描かず、国境と社会に分断された人々の痛みを描こうとしている。それが我が身を省みる普遍性も生む。


残された息子は、父親よりも苦痛に満ちた旅路をおくる。母の治療薬は間にあわず、裕福すぎた友人一家は賄賂のかいなく摘発され、全てを失って孤独な脱北をおこなう。
最初から脱北を前提とした旅は、国家に見逃されている出稼ぎより障害が多い。深夜の川を超えようとしたり、捕縛されて収容所に送られたり、裏切りと出会いのロードムービーが展開される。しかし、脱北における風景が断片的に描かれるだけで、ひとつながりの長い旅路を見たという気分にならない。かなり手間をかけている収容所も、予想より簡単に脱出できてしまう。まるで良質な啓蒙映画のようで、中だるみはないが充実感もない。場面ごとの質は高いため、いっそうもったいなく感じさせる。
そして終盤にいたって、現実感を失った、いかにも劇映画らしい描写が展開される。しかし直面する障害は地味に不運なだけで、悪意すらない。これならば、もっと劇映画らしい救いを謳いあげる結末にしてほしかった、という感想をもった。


くりかえしになるが、映像作品としては良い出来だし、特に中だるみもなく見ていられた。しかし二時間未満の尺は短すぎて、語り口が駆け足になった印象も否めない。
父と息子の物語でそれぞれひとつの物語を描いて二部作にするか、せめて二時間半くらいの尺はほしかったところ。国境を越える過程より、国境に分断されたすれちがいを重視した作品だろうということは理解した上で、そう感じた。