法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』未解決事件 File.03 尼崎殺人死体遺棄事件

近年の未解決事件を取材と再現映像で描こうとするドキュメンタリードラマ。
番組概要|file.03 尼崎殺人死体遺棄事件|NHK 未解決事件
第一弾のグリコ・森永事件は、劇場型犯罪によって動揺する社会を描いた。
第二弾のオウム真理教事件は、新たな社会へ逃れようとした人々の混迷と暴走を描いた。
第三弾の尼崎死体遺棄事件は、逃げ場のないくびきを社会が生んでしまった経緯を描く。


多く報道された主要事件ではなく、主犯が最初に起こしたと考えられる、原型的な事件に番組はフォーカスを当てる。その前段階として、主犯が擬似家族を欲するようになった過去も描かれた*1
もともと、心理的な圧力で家庭がのっとられる事件は、フィクションでは少なくない。有名なものは安倍公房『闖入者』、マンガならば『魔太郎がくる!!』の「不気味な侵略者」や『魔少年ビーティー』の「そばかすの不気味少年事件の巻」といった作品がある*2。尼崎事件の手口は、そうしたフィクションとほとんど同じだ。わずかな罪悪感を被害者へうえつけて、それをとっかかりに会話の主導権をにぎり、内部に入ってから逃げ道をすこしずつつぶし、ついには家庭を崩壊させてしまう。
フィクションと異なるのは、まったくの部外者が善意につけこんだわけではないこと。少なくとも最初の事件においては、主犯と被害者家族に親族関係があった。冠婚葬祭における礼儀、家族の隠していた借金、どの家庭が義母を介護するか……そうした一般的な社会のくさびが被害者家族を分断させ、逃げ道を失わせた。
もちろん主犯が家族の分断をあおりたてた結果ではある。しかし、ただ親類関係を賞揚すればいいとか、部外者を排除すればいいとか、そうした考えでは解決できなかったことはたしかだ。むしろ既存の共同体を前提視したからこそ発生した事件といえるだろう。二年ほど逃げることに成功した女性が、家出人として警察から主犯に連絡されたことでつれもどされた出来事からも、それは明らかだ。


もちろん、すべての共同体が全否定されたわけではない。地域共同体が助けをさしのべようとした瞬間や、逃げることを助けた友人関係も描かれた。
重要なのは、ひとつの共同体が個々人の権利や幸福を阻害するようになった時の、その共同体の内と外にいる者のふるまいだろう。

*1:ただ、主犯がいったん社会の表層から消えて最初の事件を起こすまでには空白期があり、そこは番組も不明あつかいしている。

*2:マンガ作品は先行作品の模倣という印象が強いが。また、古くは海外のサスペンス小説に『銀の仮面』というものもあるらしいが、未読。