釈明としては不充分であることは先に指摘した。
橋下徹大阪市長の「私の認識と見解」は、過去の主張を釈明できていない - 法華狼の日記
それでは、過去発言との整合性について無視し、独立した主張として読めば「私の認識と見解」は正しい内容といえるだろうか。
たとえば軍関与を明確に認めたこと*1、従軍慰安婦が重大な人権侵害であったと断言したことは、はるかにひどい政治家やメディアが複数あることと比べれば、評価できる人もいるかもしれない。ここまで明言させられたことは、批判した側にとっては多少なりとも前進だろう。
しかし細かく見ていくと、やはり問題が残っている。「私の認識と見解」は誤報されたと主張し自己正当化している文書だ。細かな誤りも厳しく見るべきだろう。もしも自身が不勉強だと謙虚に認めていたなら、多少の間違いは出発点として許されるかもしれないが。
http://mainichi.jp/select/news/20130526mog00m010012000c2.html
女性の人権を尊重する視点では公娼(こうしょう)、私娼(ししょう)、軍の関与の有無は関係ありません。性の対象として女性を利用する行為そのものが女性の尊厳を蹂躙する行為です。
http://mainichi.jp/select/news/20130526mog00m010012000c5.html
合法であっても、女性の尊厳を貶(おとし)める可能性もあり、その点については予防しなければならないことはもちろんのことです。
尊厳を蹂躙する行為という断言と、尊厳をおとしめる可能性があるという発言には、距離がある。釈明のため同時に出した主張なのだから、せめて内部の整合性くらいはとるべきだろう。
http://mainichi.jp/select/news/20130526mog00m010012000c3.html
私の発言の真意は、兵士による女性の尊厳の蹂躙の問題が旧日本軍のみに特有の問題であったかのように世界で報じられ、それが世界の常識と化すことによって、過去の歴史のみならず今日においても根絶されていない兵士による女性の尊厳の蹂躙の問題の真実に光が当たらないことは、日本のみならず世界にとってプラスにならない、という一点であります。
もちろん各国各地域各時代にさまざまな問題がある。しかしそれは問題個々の固有性を論じることを否定する根拠にはなりえない。
むしろ普遍的な問題でも、個別に光を当てていけば、どうしても固有性が浮かび上がるものだ。相殺の意図がなく、被害者個々人を尊重しているというならば、固有性と普遍性の両輪で論じていくべきだろう。
そもそも、軍隊と性の問題全般を論じるべきと主張するなら、日本軍が公的に運営していた慰安所だけでなく、さまざまな地域で日本軍がおかした性的暴行事件も同時に問われなければなるまい。
私が言いたかったことは、日本は自らの過去の過ちを直視し、決して正当化してはならないことを大前提としつつ、世界各国もsex slaves、sex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならないということです。
慰安所制度が奴隷の定義に重なっている以上、「sex slaves」という評価が不適当なレッテルといいたげな主張は誤りだ。
「慰安婦は性奴隷」という国際社会の認識 - Transnational History
上記エントリでdj19氏が指摘したように、国際社会も当時の日本社会の認識でも、奴隷の定義と慰安所制度は重なっている。
さらに下記エントリで私が説明したように、辞書的な語義や歴史的な奴隷制度とも大きな違いがあるわけではない。
「奴隷」は、必ずしも支配者が直接的に強制連行で集めたわけではない - 法華狼の日記
http://mainichi.jp/select/news/20130526mog00m010012000c6.html
なぜここで「領土問題」を持ち出すのか、必要性がわからない。領土問題は存在しないという日本政府の公的見解はさておくとしても、過去の会見で言及していたわけですらなく、釈明としてすら言及が不要だ。
現在、元慰安婦の一部の方は、日本政府に対して、国家補償を求めています。
しかし、1965年の日韓基本条約と「日韓請求権並びに経済協力協定」において、日本と韓国の間の法的な請求権(個人的請求権も含めて)の問題は完全かつ最終的に解決されました。
日本は過去の過ちを直視し、反省とお詫びをしつつも、1965年に請求権問題を最終解決した日韓基本条約と日韓請求権並びに経済協力協定も重視しております。
従軍慰安婦問題について補償しなかったことを「最終的に解決」と表現するのは、たしかに日本政府と同じ立場ではあるが、諸外国の報道機関に向けた説明としてはいかがなものか。
http://mainichi.jp/select/news/20130526mog00m010012000c7.html
私は、憎しみと怒りをぶつけ合うだけでは何も解決することはできないと思います。
加害国の首長として有力政治家として、その発言はどうなのだろうか。せめて被害者から怒りを向けられたなら、まず正面から受け入れくらいの態度は求められるのではないか。
元慰安婦の方の苦しみを理解しつつ、日韓お互いに尊敬と敬意の念を持ちながら、法に基づいた冷静な議論を踏まえ、国際司法裁判所等の法に基づいた解決に委ねるしかないと考えております。
法の支配によって、真に日韓関係が改善されるよう、私も微力を尽くしていきたいと思います。
ここで法に基づくように求めているが、先ほど在日米軍へ風俗利用を勧めたことについて「さらに合法であれば道徳的には問題がないというようにも誤解をされました。合法であっても、女性の尊厳を貶(おとし)める可能性もあり、その点については予防しなければならないことはもちろんのことです」と釈明したこととの整合性が感じられない。
最後に、主な問題点をまとめよう。
「sex slave」等々の認識が明らかに遅れており、とても他者に対して現代の問題をほりさげるよう要求できる水準にない。
日本軍の従軍慰安婦問題について、その特有性を論じてはならないという充分な根拠が示されていない。
前半で留意しつつも、最終的には「合法」かどうかを重視し、都合よく法律を利用している。
さすがに5月13日の会見に比べれば改善されているが、まだ「勉強」は必要だろう。
*1:ただし5月13日の会見時点でも認めてはいる。