法華狼の日記

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橋下徹大阪市長の「私の認識と見解」は、過去の主張を釈明できていない

複数の報道機関が全文を紹介しているが、読んでみると5月13日での問題発言を自己弁護しているわけですらない。
http://mainichi.jp/select/news/20130526mog00m010012000c.html
先日に私がエントリで批判した三つの論点は、残念ながらほとんど言及すらせずにすまされた。どのように釈明するのか、少しばかり興味はあったのだが。
もはや橋下徹大阪市長の従軍慰安婦認識をまともにとりあうのもバカバカしいかもしれないが - 法華狼の日記

どのように慰安婦制度が問題視されているか、休息のため慰安所が必要なのか、証拠がないという見解は真実なのか、順番に簡単に批判していく。

橋下市長は、どちらかといえば主張していないことを大量に後付けして、批判から目をそらそうとしているかのようだ。
「私の認識と見解」について、5月13日の主張をわかりやすく説明しなおしただけと受け止める人がいるならば、おそらく橋下市長の散漫な発言に幻惑されているだけだろう。


それでは「SYNODOS」の5月13日会見書き起こしで従軍慰安婦問題へ言及した部分から、「私の認識と見解」で言及されていない部分を細かく指摘しておく*1。なお、どちらも長文ということもあって、全てを網羅しているわけではない。
橋下徹大阪市長「米軍の風俗業活用を」はいかなる文脈で発言されたのか(2013年5月13日) / 大阪市長・橋下徹氏ぶらさがり取材全文文字起こし | SYNODOS -シノドス-

でもなぜ日本のいわゆる従軍慰安婦問題だけが世界的に取り上げられるかというと、日本は軍を使ってね、国家としてレイプをやっていたんだというところがね、ものすごい批判をうけているわけです。
僕はね、その点については、違うところは違うと言っていかなければならないと思いますね。

ここで何を「違うところ」といっていたのか、きちんとした説明が「私の認識と見解」にない。

世界の状況は植民地政策をやっていて、日本の行動だけが原因ではないかもしれないけれど、第二次世界大戦がひとつの契機としてアジアのいろんな諸国が独立していったというのも事実なんです。そういうこともしっかり言うべきところは言わなきゃいけないけれども、ただ、負けたという事実だったり、世界全体で見て、侵略と植民政策というものが非難されて、アジアの諸国のみなさんに多大な苦痛と損害を与えて、お詫びと反省をしなければいけない。

日本の行動を原因のひとつとしているかのようなニュアンスで、第二次世界大戦が植民地独立のきっかけになったと「しっかり言うべき」と主張していた。その釈明も「私の認識と見解」に見当たらない。他国の報道機関に対して最も釈明が必要な主張だろうに。

認めるところは認めて、やっぱり違うところは違う。世界の当時の状況はどうだったのかという、近現代史をもうちょっと勉強して、慰安婦っていうことをバーンと聞くとね、とんでもない悪いことをやっていたとおもうかもしれないけど、当時の歴史をちょっと調べてみたらね、日本国軍だけじゃなくて、いろんな軍で慰安婦制度ってのを活用してたわけなんです。

歴史を学んで「とんでもない悪いこと」だったと思うことに対して、「かもしれないけど」「日本国軍だけじゃなくて」と否定していたことも、「私の認識と見解」に釈明が見当たらない。本当に重大な人権侵害と認識しているというなら、異なる口調になったはずだ。

あれだけ銃弾の雨嵐のごとく飛び交う中で、命かけてそこを走っていくときに、そりゃ精神的に高ぶっている集団、やっぱりどこかで休息じゃないけども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです。ただそこで、日本国が欧米諸国でどういう風に見られてるかというと、これはやっぱりね、韓国とかいろんなところの宣伝効果があって、レイプ国家だって見られてしまっているところ。ここが一番問題だからそこはやっぱり違うんだったら違うと。

「韓国とかいろんなところの宣伝効果」で「レイプ国家」と見られていることが「一番問題」といいつつ、明確に対応する記述が「私の認識と見解」に見当たらない。最も近い部分は「世界各国もsex slaves、sex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならない」という主張くらいだが、「宣伝」についての言及は全くない。

証拠が出てきたらね、それは認めなきゃいけないけれども、今のところ2007年の閣議決定では、そういう証拠はないという状況になっています。先日、また安倍政権で新しい証拠が出てくる可能性があると閣議決定したから、もしかすると、強制的に暴行脅迫をして慰安婦を拉致したという証拠が出てくる可能性があると。もしかするといいきれない状況が出てきたのかもわかりませんが、ただ今のところ、日本政府自体が暴行脅迫をして女性を拉致したという事実は今のところ証拠に裏付けられていませんから、そこはしっかり言ってかなければいけないと思いますよ。

何が「閣議決定」されたかの認識について、「私の認識と見解」に釈明が見当たらない。そもそも「閣議決定」について、全く言及がないのだ。
橋下徹大阪市長「米軍の風俗業活用を」はいかなる文脈で発言されたのか(2013年5月13日) / 大阪市長・橋下徹氏ぶらさがり取材全文文字起こし | SYNODOS -シノドス- | ページ 2

意に反した、意に即したかということは別で、慰安婦制度っていうのは必要だったということですよ。意に反するかどうかに関わらず。軍を維持するとか軍の規律を維持するためには、そういうことが、その当時は必要だったんでしょうね。

慰安所制度が軍の維持や規律に必要だったという認識について、「私の認識と見解」に釈明が見当たらない。少なくとも、5月13日の時点では慰安所制度で強姦事件が防げたという認識だったようだが、その根拠は最後まで示されていない。

だから、僕は沖縄の海兵隊普天間に行った時に司令官の方に、もっと風俗業活用して欲しいって言ったんですよ。そしたら司令官はもう凍り付いたように苦笑いになってしまって、「米軍ではオフリミッツだ」と「禁止」っていう風に言っているっていうんですけどね、そんな建前みたいなこというからおかしくなるんですよと。

ここで風俗業利用をすすめた発言は謝罪して撤回したが、「建前みたいなこというからおかしくなる」に対応する釈明は「私の認識と見解」に見当たらない。
「私の認識と見解」を読むと「対応策の一つ」として風俗利用をすすめたとしているが、どう好意的に読んでも「オフリミッツ」を否定したことの釈明は書かれていない。「建前」についての言及そのものがないのだ。


もちろん、釈明しようとして釈明としてなりたっていない部分もある。
橋下徹大阪市長「米軍の風俗業活用を」はいかなる文脈で発言されたのか(2013年5月13日) / 大阪市長・橋下徹氏ぶらさがり取材全文文字起こし | SYNODOS -シノドス-

なぜ、日本の従軍慰安婦問題だけが世界的に取り上げられるかというと、その当時、慰安婦制度っていうのは世界各国の軍は持っていたんですよ。これはね、いいこととは言いませんけど、当時はそういうもんだったんです。ところが、なぜ欧米の方で、日本のいわゆる慰安婦問題だけが取り上げられたかというと、日本はレイプ国家だと。無理矢理国を挙げてね、強制的に意に反して慰安婦を拉致してですね、そういう職に就職業に付かせたと。

慰安婦制度を世界各国の軍が持っていたという認識と、欧米で慰安婦問題だけがとりあげられているという認識と、国を挙げて意に反して拉致したと欧米でとらえられているという認識。
一番目の認識について、「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきたことは厳然たる歴史的事実です。女性の人権を尊重する視点では公娼(こうしょう)、私娼(ししょう)、軍の関与の有無は関係ありません」と「私の認識と見解」で主張している。つまり各国に同じような制度があったという立証を放棄し、意見を後退させているわけだ。
二番目の認識は「日本以外の少なからぬ国々の兵士も女性の人権を蹂躙した事実について、各国もまた真摯に向き合わなければならないと訴えたかったのです」と「私の認識と見解」で釈明しているが、各国が過去の歴史に向きあっていないという証拠は提示されていない。
三番目の認識について「私の認識と見解」では「もし、日本だけが非難される理由が、戦時中、国家の意思として女性を拉致した、国家の意思として女性を売買したということにあるのであれば、それは事実と異なります」と主張しており、断言から仮定へと意見を後退させている。これも報道機関の誤報ではなく、橋下市長は根拠を持っていないことを断言したということだ。


そもそも、慰安婦問題も在日米軍も、それぞれ村山談話についてと、当時と違って今は必要ないかと記者に問われて、橋下市長から持ち出した話題だ。5月13日の会見書き起こしを見ればわかる。
もちろん、それぞれの記者の質問からは、日本だけが悪いという認識は読みとれない。橋下市長は勝手に話題を広げただけだ。関係あるようで関係ないことを話すことは、一般的にいって論点のすりかえだ。
そして人権侵害であるという認識を重視した論調と感じることもできない。下記のように、あくまで日本の立場で「両極端」を批判していただけだ。

日本の政治家のメッセージの出し方の悪いところは、歴史問題について、謝るとこは謝って、言うべきところは言う。こういうところができないところですね。一方のスタンスでは、言うべきとこも言わない。全部言われっぱなしで、すべて言われっぱなしっていうひとつの立場。もう一つは事実全部を認めないという立場。あまりにも両極端すぎますね。

書き起こしの全体を読んでも、いくつかの留意は存在するが、本当に普遍的な民主主義に立脚した発言とは読みとれなかった。

*1:原則として、引用枠内は5月13日会見の書き起こしから引用し、「私の認識と見解」からはカギカッコ内に引用する。