法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『麦の穂をゆらす風』

ケン=ローチ監督による、イギリスとアイルランドが2006年に合作した映画。アイルランド独立戦争IRA末端兵の視点から描き、カンヌでパルムドール賞を受けた。
特に奇をてらった映像技術こそないが、移動する俳優を的確な構図で収め続ける、複雑で精緻なカメラワークは見事だった。


戦争映画としての娯楽性は弱めで、アイルランドの文化や風景を描いた文芸映画という印象が強く残った。
独立戦争の華々しい最前線ではなく、緑の丘が印象深い田舎を舞台にしているからこそ、戦いの無意味さと無力さが伝わってくる。しかも主人公らIRA末端は常に平凡な姿をしていて、日常と死が地続きということの異様さが浮かび上がった。
戦闘といえば少人数の衝突ばかり。明確な殺害描写にいたっては裏切ったアイルランド人を処刑する場面が多い。そうして独立戦争の時点からアイルランド内部の衝突や分断が生まれていたことも描かれた。その裏切りも、娯楽になるような激しい愛憎劇はほとんど関係なく、銃を購入する資金源として高利貸しを見逃そうとして義勇兵内部で論争したりと、美しい悲劇に陥らない争点を選んでいる。


むろん、平凡な青年達を独立戦争へ駆り立てたイギリスを擁護しないよう、アイルランドの市井が抑圧されている姿も念入りに描かれる。軍隊による直接的な暴力だけでなく、資本主義による巧妙な収奪なども言及される。その上で自由獲得の困難性を描いているからこそ、出口のなさが印象に残るのだ。
余韻を断ち切るようなエンディングも、やるせなさをいっそう増していて、良かった。


IRA上層部から歴史を俯瞰するように描いた映画『マイケル・コリンズ』と好対照の作品でもある。
『マイケル・コリンズ』 - 法華狼の日記
上層の妥協派、末端の継戦派という構図で見比べることができる。俯瞰から手をこまねいて見ること、その時々で何も見えないまま抗うしかないこと、それぞれ限定された自由がアイルランドを引き裂いた過程を痛々しく描いていた。