法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』森晶麿著

古典「奥ノ細道」に題をとり、時代小説を思わせる筆致で、蘇った屍人が徘徊する暗黒の江戸時代を描いた作品。その基本設定をあらわす直截的なタイトルにインパクトがあったらしく、「日本タイトルだけ大賞2011」に輝いた。
しかし、ゾンビ映画は低予算でも制作可能なため、乱発される傾向にあり、その低質さとあいまってネタのような邦題がよくつけられる。たとえば『ゾンビ特急地獄行き』『東京ゾンビ』『女子高生ゾンビ』等々。古典小説にゾンビ描写をつけくわえる方法論でも、『高慢と偏見とゾンビ』等々を著したセス・グレアム=スミスという先人がいる。


そして実際に内容へ目を通してみると、読んでいる時は楽しめたが、最終的には期待はずれだった。
まず、表紙イラストは彩色が派手すぎるし古臭いと思ったが、カラー口絵は淡い彩色で絵柄もアクが弱まっていて悪くない。むしろ本文のモノクロイラストなど、しっかり背景まで描き込んでいる濃密さで、ライトノベルらしくなく好印象。強弱のついた太い描線も時代劇らしさに寄与している。表紙の彩色は少しもったいない。
また、次々にキャラクターが現れてはゾンビ化して消える展開は飽きずに読むことができたし、松尾芭蕉の俳句はゾンビが徘徊する風景から生まれたという描写は確かに楽しい。他の感想で不評な、一部で先の展開をばらしている注記も、時代小説風味と思えば悪くない趣向だと思う。
しかし、予想したよりも舞台設定の架空性が高く、超人的な忍者*1や異様な風俗が頻出する。奇矯なキャラクターも、それ自体は魅力を感じないでもなかったが、既知の舞台にゾンビ設定を入れるという趣向を際立たせるため、もう少し既存の時代小説の延長線上にとどめてほしかった。これでは古典に題をとった意味が薄い。
また、明らかに物語が閉じていない。ゾンビ映画でよくあるカタストロフな結末ではなく、多くの伏線を放置したままでドラマの決着もきちんとつけておらず、続刊を前提としているとしか思えなかった。

*1:松尾芭蕉が隠密という設定までは、既存の伝説を引用していて上手いと感じたのだが。