法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『スターリングラード』

スナイパー同士の対決に焦点を当てた2000年版のハリウッド映画ではなく*1、ドイツ工兵隊を主人公にした1993年版のドイツ映画*2
過去の国内盤DVDは廃盤となってプレミアがついているのだが*3GYAO!で無料配信している。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00569/v08300/


冒頭の導入部、主人公が海岸のバカンス地から古城内へ歩いていくと、無機的な空間にドイツ軍兵士が整列している。冷酷な戦いが始まることを舞台風景で暗示する演出が、序盤から見事にきまっている。そして勲章の授与をめぐって、人物の性格や立ち位置を手早く説明していく。名も無き兵士ばかり登場する外国映画で、これほど人物が区別しやすかった作品は少ない。
戦闘が始まる前半では、ソ連軍がたてこもっている拠点へ攻め込む。はいずるように移動する兵士をカメラが追う手ぶれ映像に臨場感があふれている。弾道を3DCGで描くようなVFX技術こそ未使用だが、演出面でプレ『プライベート・ライアン』といった感がある。制圧後のソ連軍に対するドイツ軍の行動もオマハ・ビーチの先駆と感じられた。しかし部分的に制圧しただけの主人公達は孤立。現場での敵との一時休戦をめぐる戦争映画らしいやりとりも描かれつつ、地下水道の脱出劇へ移行する。
そして後半では、主人公達は失敗の責任を問われて最も過酷な戦場へ追いやられる。灰色で描かれた前半の戦場と対比するように、以降の戦場は白雪で覆われている。戦争映画の水準を満たした前半をさらに超えた過酷さが迫っていると、ここでも効果的に風景で演出される。さっそく主人公達は平原に生身で隠れることとなり、そこへ戦車が登場する映像の絶望感はなかなかのものだ*4。以降も様々な孤立の風景が描かれ、ていねいに前半の伏線を回収しながら、工兵隊は散り散りとなって悲惨な結末へと向かう。


どれほど悲惨な状況でも、主人公の周辺は比較的に道徳的な好人物が多い。適度に息抜きの場面も入るし、ぎりぎりで恋愛にならないストイックゆえのロマンスもある*5。良い意味で『独立愚連隊』を思い出した。
もちろんソ連軍を単なる悪役としては描かず、そもそもドイツとソ連の単純な対立関係でないことも後半で示唆される。最も非道なのは現場を見捨てて糧食を独占するドイツ軍上層部であり、女性を利用し簒奪する社会であった。しかし戦場を単純な悲劇として描くこともなく、どちらかといえば滑稽で皮肉な結末ばかりで、悲惨さを物語として美化することは慎重に避けている。
端正な映像と構成に、娯楽性と文芸性が両立している。傑作と評価されていることもうなずけた。

*1:そもそも原題は『Enemy at the Gates』で、スターリングラードとは全く違う。なお、ドイツ、イギリス、アイルランドも製作に参加している。

*2:ただしアメリカとの合作。

*3:ただしインターネットで検索してみると、新品でも出回っている。

*4:望遠圧縮された映像も距離の近さを演出している。

*5:このキャラクターは、見ようによっては「ツンデレ」かもしれない。つまりは、ツンドラツンデレ……