法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−』

アメリ海兵隊員による実録小説を原作として、日米両軍の視点から太平洋戦争末期のサイパン戦を終結まで描く。
金曜ロードショーで放映された短縮版を視聴した。


まず、意外に良かったのが映像だ。主にタイでロケした密林の風景は、いかにも先の見通せない湿気に満ちた戦場らしい。軍服もきちんと汚されて、それらしいアクションが展開される。俳優の所作やメイクが現代人らしすぎると感じることもなかった。
尾上克郎*1によるVFXも、戦争邦画としては完成度が高い。冒頭の軍艦で埋まった海も、日本兵を襲う機銃掃射も、爆撃機の重量感もまずまず。ハリウッド大作ほどではないにしても、見ていて冷めるほどの粗はなかった。
ひとつ残念なのは、生身の戦闘でもVFXの機銃弾でも、弾着に迫力がなかったこと。機銃弾は白煙が上がる程度ですまされ、生身で撃たれても血液が散ったりしない。TVでは激しい流血場面が削除されていたのかもしれないが、あまりに肉体が傷ついた場面が少なかった。


次に物語について。実録という立場を利用して、現実感を演出や脚本で構築する手間を省いている場面が目についた。特に、米軍の収容所に日本兵が何度も潜入するような展開は、史実に基づいていなければリアリティがないと感じられただろう。一方で登場人物の性格づけは明確なので、そういう世界観として見ることはできた。
そして、あたかも敗残兵を統率して戦い抜いた大場栄大尉が主人公であるかのように広報されていたが、実際に見ると状況を動かすほどの存在感はない。しょせん敗北が必然な敗残兵の長らしく、受け身で状況に対応していく。戦闘で活躍していたのは、どちらかといえば堀内今朝松一等兵だ。「奇跡」らしいことは一つも起きず、「フォックス」という呼称も米軍の過大評価と思える。
しかし、米国側が原作者であり、作中でも日本側は低評価だからこそ、大場大尉を賞賛する表現が醜悪にならないですんだ。現在から省みるならば、しょせん大場大尉らの行動は無謀かつ無意味で、民間人の被害を増やしただけなのだから。実際に映画でも、英語を話せる収容所内の民間人が俯瞰的に状況を見て、印象的に行動している。
また、日米視点で異なる大場大尉評価によって、双方の意識や思想の断絶が表現できていたとも感じた。これは制作者の意図ではないかもしれないが。


ちなみに、大場大尉の行動評価について、ある意味で興味深かったのが「超映画批評」の映画評だ。
超映画批評『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』30点(100点満点中)

というのも、この映画を見ても、なぜ竹野内豊率いるゲリラ軍団が、食料も弾薬もなし、衛生状態も最悪な、あそこまでキツい状況に追い込まれても無駄な抵抗(にしか見えない)を続けているのか、さっぱりわからないのである。この映画は、その理由を誰もがわかるように伝えるのが最大の目的ではないのか。原作者は少なくとも、それを伝えたくて書いたと言っている。

米軍側から見た動機が高い自尊心であることや、実際の主な動機が米軍を過剰に恐れた結果だとは、映画は明確に描いている。
そもそも原作者は、あくまで主観的に現実を再構成してフィクションを加え、実録小説にしたてたのだ。原作の訳者あとがきによると、大場大尉本人の見解に反してまで、原作者は美しく小説化したのだという。
『タッポーチョ 太平洋の奇跡』ドン・ジョーンズ/著: 本と静かな時間

しかし、ジョーンズ氏には、大場さんに対して強烈なイメージがあって、それを明確にするために(あるいは複雑な状況を読者にわかりやすくするために)、一部フィクショナイズすることを譲らなかったところがある。たとえば、当時、大場さん自身は”玉砕”のみを考えていた、というのに対し、ジョーンズ氏は、それを”生き残って最後まで戦う”とした点である。
ーーー訳者あとがき より

意外だったのは、大場さんが玉砕することのみを考えていたという事です。

これを念頭において「超映画批評」を読むと、むしろ映画スタッフは原作者の美化と史実をうまく融合させたとすら感じた。
そして「超映画批評」は、当時の日本兵の行動動機について、下記のように説明する。

山田孝之をはじめとする日本兵は、なぜ徹底抗戦にこだわるのか。なぜ命が助かるのに投降しないのか。機関銃を前に自殺行為でしかないバンザイ突撃などというバカなことをやったのか。現代の価値観では、到底理解できないことばかりだ。

軍人とは、現実主義者でなければ勤まらないはずなのに、なぜそんな不合理な行動をとったのだろうか?

あえてここに書きはしないが、むろんそれは論理的に説明がつくことだ。こうした映画には、現代の日本人にそうした事柄をわかりやすく伝えてほしいと思う。

仮にもプロの批評家なら書こうよ。チャンネル桜にレギュラー出演し、「靖国に祀られた人たちも頭を抱えてしまう」と表現するような批評家の考えだから、だいたいの想像はつくが。

*1:主に特撮研究所で活躍する特撮監督。