法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ゴーグル男の怪』島田荘司著

問題編と解決編に別れ、視聴者に推理させるNHKドラマ『探偵Xからの挑戦状!』の夏休みスペシャル回を、原案者が自ら長編小説化したもの。
http://www.nhk.or.jp/tanteix/backnumber/16.html

夜霧が立ち込める郊外の町。


霧の中から、顔にゴーグルをはめた不気味な男が現れる。レンズからは、爛れたような真っ赤な肌が覗いていた。そして、時代に取り残されたような煙草屋で、老女の死体が発見される。


犯人であるゴーグル男は霧の彼方に消えた。その正体は謎に包まれたまま…。

放映当時は視聴できなかったが、長編化するにあたって、目の周囲が爛れた原因として放射線被曝事故をうかがわせる描写を足したらしい。


物語は、主に刑事視点で捜査と、謎めいた男の独白が交互に描写される。
名探偵は登場しないノンシリーズ長編というところ珍しい。もともと問題形式ドラマのため書き下ろした作品だけあって、トリックはシンプルで伏線もしっかりしており、映像的な見栄えがする。ただ、トリックの濃さは短編から中編くらいか。
男の独白では、幼年時に原子力施設近くで受けた暴行の心的外傷と、その原子力施設で働いていた時の事故で被曝した出来事が語られる。原子力発電ではなく、東海村臨界事故を題材にしているのが一つの見識だろう。放射線の恐怖はあくまで後景であり、原子力施設周辺の反対運動の記憶や、施設の立地によって変容する地域社会のありかたが重点的に描かれている。


以下、結末のネタバレにふれる。
男の独白は幻想めいていて、いつもの島田作品らしいミスディレクションのためだけの描写かと思わせる。途中で日中戦争の記憶がわずかに言及され、そちらが肉体のただれた原因かとも思った。
そして真相は予想より社会派要素が薄く、ずっとシンプルに解明される。その真相は男の独白と乖離しすぎていて、いくつかの過去作品のように現実パートと分岐したまま終わるかと思わされた。
しかし、物語の結末において現実パートと幻想パートが交差する。どちらのパートも人の醜さや生の虚しさが描かれていたが、この交差によってそれぞれ罪を犯そうとしていた愚者が、かすかに救われる。
ミスディレクションのため、あるいは動機説明のためだけに、長々とミステリの本筋ではない描写に頁を費やしていた過去作品とは全く異なり、小説というフィクションならではの演出で関連性を描き出した。
各要素だけを見れば過去作品の延長線上でしかないが、地味に新境地にあたる作品だと思う。