法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アニメもんエッセイ~お江戸直球通信~』石田敦子著

アニメ雑誌で10年間をかけて連載された基本1頁のエッセイ漫画集。単行本では、年度ごとにまとめて作者の各回補足解説が入っている。
すでに作者は二児の母だが、永遠の思春期を描いているよう。やや距離がある親族の話や、自身の体調についての話は多いが、家庭内の記述はエッセイ漫画としては少ない。細かいコマ割りにギッシリと情念が詰まったエッセイは、たとえるなら西原理恵子作品のようであり、しかし自己の内側と過去にこもりつづけていく作風は正反対。まったく異なる読み応えがあった。
アニメ業界内の内輪話も少なめ。実名が出るのは高評価している作品と、一部の著名人のみ。仕事場でかかわった人々や作品は、一般に名前が知られている元夫もふくめて、ほぼ仮名でつらぬかれている。その正体さぐりも一興ではあるが*1、ちょっと情報源としては使いにくい。あと、面と向かって絵コンテを誉めたら違う演出家が担当していたという失敗談の『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』*2は、作者もアニメーターとして原画で参加しているのだが、わからないこともあるのか*3


エッセイ漫画として興味深いのが、何度も何度も同じ過去のエピソードが語られているところ。特に、大病してアニメーターを退いて田舎へ強制期間となった記憶は1年ごとのように回想されている。単に読者層の世代交代を意識して使いまわしているというより、エッセイの通奏低音として流れ続ける。
大病を患ってアニメ業界へ復帰したがゆえ、表現を続けることへの渇望が感じられると同時に、それと地続きにアニメーター薄給話題への忌避が散見される。もちろん業界で考えなければならない話題とは認識しつつ*4、貧困家庭のアニメーター希望者をあきらめさせて満足げだった演出助手を批判している*5
全体として、アニメーターは薄給だし、未来が不安なことは折り込んだ上で、それぞれ目指した場所へ迷わず飛び込んでほしいとエールを送っている。業界で働いていた人間として感じた幸福を「底辺」*6と否定評価されたくない感情はもちろん、アニメ雑誌の中でも低年齢向けな『アニメディア』連載ということも関係しているのかもしれない。
業界だけの問題ではもちろんなくて、支援すればいいというだけの話でもない。健康で文化的な最低限度の生活を保障するだけでなく、夢に挫折した場合にも受け入れて再出発できる、そんな社会が構築されなければならないと、一読者として感じた。

*1:134頁で語られている、巧いけど「けれんみ」のないN氏とは、おそらく『ダンボール戦記』キャラクターデザイン西村博之

*2:103頁。この作品だけは105頁の補足解説で作品名が明記されている。失敗談の対象である本郷みつる監督とは、同年にOVAシャーマニックプリンセス』でキャラクターデザインとして仕事をしていたので、その時のエピソードかもしれない。

*3:本郷監督コンテと原恵一コンテは、知らずに見ても別人とわかるくらい絵柄が異なる。

*4:183頁。

*5:152頁。

*6:183頁。