これまでSF設定を導入して本格ミステリを書いてきた著者が、本格的なタイムスリップSFを手がけた作品。
それもタイムスリップ設定の独自性や緻密な考証が主眼ではなく、タイムスリップによる混乱や事件をパズルのように矛盾なく構築するところに面白味を見いだす方向性。同じ電撃関係のレーベルで出た『タイム・リープ あしたはきのう』といった作品に近い。
特色として、プロットが緻密で時間移動ルールも厳密な一方、主人公がタイムスリップSFの常識を知らないアンバランスさが面白い。楽しそうだという理由で積極的に歴史に介入しては、せせこましいライトノベル的な事件にとりこまれていく。
過去の自分にイタズラをしかけたり、興味本位でタイムパラドックスを引き起こそうと動くにいたっては、かなり珍しい。前者は藤子F作品に自分と対立する作品がいくつかあるくらいだろうし、後者の先例はコバルト文庫の読者投稿ショートショート集に収録されたものを読んだことがあるくらい*1。
しかし、SF設定の本格ぶりと反比例するように動く無知な主人公という構図で映画『サマータイムマシン・ブルース』*2を思い出していると、まさにそれをパロディした章題「ウィンター・タイムマシン・ロックス」が出てきて納得。ただし、著者がはっきり先例を知っているとなると、一人称に置きかえた二次創作のようにも感じられた。タイムスリップのルートは大きく異なるし、積極的に問題を起こしていく主人公の一人称で語られるところも違うので、楽しめないということはなかったが。
物語は一冊で完璧に完結しており、伏線も回収されていてまとまりがいい。同時に、タイムスリップする選択肢を残したまま結末をむかえているので、続編も可能というライトノベルとして巧みなライン。
ただ一つ残念なところをあげると、タイムスリップの複雑さは予想範囲内にとどまった。タイムスリップするルートが章をまたがず、ほとんど連作短編集のようなつくりになっていることもあり、タイムスリップSFを見なれた読者にとっては単純な作りになっている。まとまりの良さに繋がっているともいえるので、良いとも悪いとも評せるところだが。
あと、物語にあまり関係のないオタクネタを主人公が開陳していくところは、好悪がわかれるだろう。ジョジョパロディな独白や、ネオジオントークといった程度の濃さなので、パロディとして古びることがなさそうなかわりに、笑いの瞬間最大風速もさほどではない。
*1:私が読んでいるSFは多いとはいえないので、有名な先例はあるかも。
*2:感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20110830/1314736179