法華狼の日記

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韓国が「燃燈会」を世界遺産へ登録申請していることに、特筆すべき問題が見当たらない

そもそも世界遺産の登録数が多くなっているとか、個々の基準がまちまちという批判なら、日本が申請した時でも出ているので、特に韓国固有の問題ではないだろう。
しかし、下記の中央日報記事に対する反発は、主として燃灯会が青森ねぶた祭りの模倣であるという主張でしめられているようだ。
韓国人の代表食品「キムチ」を無形文化遺産に…ユネスコに申請 | Joongang Ilbo | 中央日報

韓国人の代表食品「キムチ」と李舜臣(イ・スンシン)将軍の「乱中日記」がそれぞれユネスコ無形文化遺産と世界記録遺産として登録申請される。

文化財庁は「キムチ文化とキムチ」「燃灯会」を人類無形遺産に、「乱中日記」「セマウル運動記録物」を世界記録遺産に申請すると29日、明らかにした。

文化財庁は「『キムチ文化とキムチ』の登録申請書に、家門の伝統としてキムチ文化とキムチを媒介にした世代間、階層間の分け合い文化を強調した」と説明した。

「燃灯会」は、新羅時代から陰暦正月15日に開かれた国家的な仏教法会で、現在では毎年、釈迦生誕日としてソウルで開かれる燃灯行列が大規模な祝祭として定着したのが、無形文化遺産登録申請につながった。

「乱中日記」の場合、戦争中に指揮官が自ら戦況などを記録した事例が世界的にめずらしく、「セマウル運動記録物」は国連で貧困撲滅の模範例と認められ、アフリカをはじめとする低開発国がモデルとしている歴史的記録物という点が評価されると期待されている。

世界記録遺産に最終登録されるかどうかは、来年6月に韓国で開催される世界記録遺産国際諮問委員会(IAC)で決定され、無形文化遺産の登録は来年11月に開かれる第8回無形遺産委員会(開催地未定)で決まる。

世界遺産は古さだけが重視されるわけでもないのだが*1、本当に新しく、模倣にすぎない行事なのだろうか。
まず、例によってYAHOO百科事典から燃燈会について記した項目を引いてみよう。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%9C%9D%E9%AE%AE/%E6%B0%91%E6%97%8F%E3%81%A8%E6%96%87%E5%8C%96/

高麗時代も仏教が国教になり、仏教を信仰していたが、崇儒政策を併用していた。成宗(在位982〜997)は儒教を尊び、燃燈(ねんとう)会、八関会などの仏教儀式を廃したが、顕宗(けんそう)(在位1009〜31)のとき太祖王建の訓要10条の国是になっていた燃燈会、八関会を復活した。前者は4月8日釈迦(しゃか)生誕日を燃燈で祝い、後者は10月西京(平壌(へいじょう))、11月中京(開城)で土俗神に対する祭祀で、歌舞を伴う国をあげての大祭である。

千年以上前まで起源をさかのぼることができるという主張は、歴史学において通説のようだ。
日本語でも読める論文として、下記のものも紹介しておこう。
JAIRO | <論文>韓国燃燈行事の「固有性」における二傾向について
行事の長い歴史から、行事が現在にいたるまで多様な形態に変遷したことが記されている。


さて、申請に対する批判は、「ネット上の出来事をわかりやすくお届けするブログメディア」という「ゴールドラッシュ」記事が起点となっているらしい。
http://getgold.jp/p/8337*2

青森の伝統的な祭り『ねぶた祭り』をご存じだろうか。毎年8月に開催され国の重要無形民俗文化財にも指定されている。そんな『ねぶた祭り』だが、韓国では似たような祭りが『燃灯会』として開催されている。過去、青森が国際交流で風神雷神を韓国まで運び、製造方法まで教えたこともあり、韓国で同じ祭りが開催され、更にはそれを自国の起源と主張するようになった。

そこまでならいつものことなので笑っていられるが、それをユネスコに申請したというのだ。韓国毎年行われている『燃灯会』は新羅時代から陰暦正月15日に開かれた国家的な仏教法会で、それを真似たのが青森の『ねぶた祭り』だと言うのだ。
『燃灯会』の公式サイトにはもちろん「青森」や「ねぶた」の記載は一切ない。愛・地球博の韓国館ではねぶたの様な物が展示され、韓国のマスコミは韓国の文化と報道。これに対して青森側は「真似されても良いんじゃないの?」と一切抗議を行わなかった。ネットユーザーや市民の声に対しても耳を全く傾け無かったのだ。

その結果、ねぶた祭りの韓国版『燃灯会』がユネスコに申請されてしまった。まだ選定はされていないが、このままだと中国起源の「端午の節句」の二の舞になってしまうだろう。「端午の節句」は韓国がユネスコに申請し選定された前例がある。選定そのものは結構緩いようだ。

このまま青森側が抗議を行わなければユネスコ文化遺産として選定され、世界的に認められるのは『燃灯会』になってしまう。
韓国人の代表食品「キムチ」を無形文化遺産に…ユネスコに申請 | Joongang Ilbo | 中央日報
ねぶた祭の起源が韓国に捏造された件について[リンク]
http://homepage.mac.com/nanshoji/aomori/nebuta.pakuri.html

これが「ガジェット通信」に転載され、さらに2ちゃんねる経由でまとめブログ等を通して拡散している。
韓国が『ねぶた祭り』をパクった上に起源を主張しユネスコに申請? 青森が抗議しなかったばかりに…… | ガジェット通信 GetNews
しかし、このゴールドラッシュ記事の情報源は、申請を伝える中央日報記事と、個人サイトのページがはられているだけ。どの主張がどの根拠に対応しているか明確ではない。
「真似たのが青森の『ねぶた祭り』だと言う」という主張が誰のものなのかすら不明瞭だ。最初に示した文章が中央日報記事の全文であり、青森ねぶた祭りに言及した部分はない。燃燈会の公式サイトには言及がないとゴールドラッシュ記事自体に書かれている。
ただ一つの否定情報であるページは古いもののようで、今回の中央日報記事と直接の関連はない。ざっと見ていっても、それぞれ行事の歴史がどれだけあって、どの資料を参照した結果の結論なのか、よくわからない。しかもほとんどの情報がインターネットの匿名個人によって書かれている。インターネット上での論争を紹介するため雑多にページを並べている直前には、下記のような注意書きまである。

 <注意>一部のページが見られなくなっている場合があります。<注意>

 <注意>下記のリンクは当サイトとは関係がありません。<注意>

 <注意>内容についてのご照会にはお答え致しません。<注意>

具体的に「韓国がねぶた祭を模倣した決定的な証拠」と評して紹介されているのは、下記エントリくらいだ。
韓国による青森ねぶた祭の模倣及び起源捏造問題を徹底検証 : 諸葛川*3

韓国の ねぶたの写真は、mumurさんのブログから(無断で)頂いたもの。
(すみません。)
(元々ネイバーにあったようです。
http://bbs.enjoykorea.jp/photo_bt/read.php?id=bestphoto&nid=867
韓国の「燃燈祭」の写真らしい。
韓国のねぶた(灯籠)は、他にも山車に乗っていないものもある。

行事それぞれの写真を比較して、形態が似ているものに限定して「分析」した後に「結論」づけている。

形状から言って、青森のねぶたと韓国のねぶたは酷似している。
世界的に見ても、このようなタイプの灯籠+山車という形態をとっているのは、
青森のねぶたと韓国のねぶたしかない。


韓国側には、この形態の灯籠(灯籠+山車)の運用の記録がない。
(祭自体は1000年以上前からとされている。)
日本側には、この形態の運用の記録があり、現在のねぶたは昭和に入ってから完
成されたものと、言われている。
この形態の灯籠の運用については、日本のねぶたの方が古いと言える。


灯籠だけであれば、韓国は台湾や長崎のランタンを模倣したとも言えるかもしれな
い。しかし、上記の写真の比較では、青森ねぶたを模倣した可能性が非常に高い。

ここまで薄弱な根拠で日本起源論を主張しているとは、さすがに予想できなかった。特定の形態に話題を限定し、より古い記録がないことをもって、日本が比較的に古いから模倣されたと主張しているにすぎない。記録が存在しないだけかもしれないし、記録が知られていないだけだったのかもしれない。
上記エントリは、まだしも叩き台としてならばいいのだが、徹底検証と呼べるような域には達していない。ある文化が別の文化に似ている時、考えるべき可能性は、別の文化へ影響を与えた場合だけではない。別の文化に記録が残っていなくて新しく見えても、逆に別の文化から影響を受けた可能性は検討しなければならないし、それぞれの文化が第三の文化から影響を同じように受けた可能性もある*4。そして、似たような環境において、独立して生まれた文化という可能性もあるのだ*5
そして、中央日報記事にあるような千年以上前から行事が存在しているという主張そのものは、上記エントリでは否定されていない。中央日報記事では、どの形態の燃燈会が世界遺産に申請されたかも明確ではないのだ。仮に、青森ねぶた祭りの模倣した部分が燃燈会にあったにせよ、独自の部分を重視して申請していれば、現状の批判は意味をなさなくなる。
実際、韓国人のno_tenki 氏が韓国語の情報源をたぐって説明しているエントリでも、あくまで歴史ある仏教行事として申請しているのではという指摘がされている。
【また日本か】「青森が教えなければ灯篭はなかった」と起源捏造 : 韓国人、嫌韓を見る*6

太古寺という歴史あるお寺が1954年に曹渓寺に名前を変え、その次の年に行った提燈行進が
今の燃灯祝祭の最初ですので、無形文化遺産とする理由は仏教行事としての歴史からでしょう。
「大型の芸術的燃灯(日本で言うところのねぶた)」の起源主張とはさっぱり関係がないわけです。

ちなみに、青森ねぶた祭りの起源は同じ青森県弘前におけるねぶた祭りに影響を受けたもので、現在の形態になったのは戦後のこととされている。
http://www.nebuta.or.jp/kiso/yurai/index.html

今から約二七〇〜二九〇年前、享保年間の頃に、油川町付近で弘前ねぷた祭を真似て灯籠を持ち歩き踊った記録がある

青森ねぶたが、現在のように大型化したのは戦後である。その歩みは、観光化という大きな流れに乗り、どんどん巨大化してきた。

たとえ一部でも新しくて他所から影響を受けていれば伝統が全否定されるというなら、「らき☆すた神輿」で有名になった土師祭も十年にも満たない歴史しかないということになる。
らき☆すた神輿WEBサイトは移転しました

しかも徹底検証という上記エントリは、「蛇足」として書かれている部分に、ゴールドラッシュ記事の一部を否定するような記述まであった。

各ブログを見ていても気になるのは、事実と異なると思われる記述がある
ため、そのブログの記事全体を疑う人がいる事である。


例えば、


公的機関がねぶた祭の技術支援を韓国に行った
燃燈祭のサイトに「ねぶた祭に多大な影響を与えた・・・」との記載


などのように、ブログの記事の中に疑わしい部分もある。

公的機関が韓国に技術支援しなかったと表明している事やねぶた以外に
も灯籠の祭があることは、韓国が青森ねぶたを模倣しなかった証拠とはならない。

つまり「青森が国際交流で風神雷神を韓国まで運び、製造方法まで教えたこともあり」というゴールドラッシュ記事の主張は、その情報源をほりさげていくと否定されているのだ。
実際、NAVERまとめでも同様のくだりがあるのだが、その情報源として示されている東奥日報記事を読むと、首をかしげざるをえなかった。
http://matome.naver.jp/odai/2133341788810551301

ねぶたのぱくりである「豸(ヘッテ)」
これも実はり青森の『ねぶた祭り』関係者の方に技術協力を受けて作られたものだったみたいです。

http://web.archive.org/web/20051217223355/http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2005/0226/nto0226_7.asp

下記のように、青森とソウルの友好イベントの一つとして、ソウル市内で運行したということしか該当する記述がないのだ。

 青森−ソウル線の活性化策を探る日韓合同のプロジェクトチームが二十五日、青森市のホテル青森で戦略会議を開いた。本県側は、二〇〇五年に「日韓国交正常化四十周年」と「青森−ソウル線就航十周年」を迎えることを記念して、九月下旬にもソウル市内で青森ねぶたを運行するとともに、ミッション団を派遣することを韓国側に報告した。

技術協力などという記述はもちろん、燃燈会への言及すらない。他の記述も、青森とソウルの友好関係や、その促進事業だけが書かれている。友好情報を正反対の意味で持ち出す、しかもそれが検証できるように自ら示す神経が、私には理解できない。
むしろ、友好イベントを正反対に解釈する「ネットユーザーや市民の声」に対して、青森ねぶた祭り関係者が耳を傾けないのは当然だろう。


最後に、韓国での実際の形態を探してみると、NAVERの韓国側事典でいくつかの写真が紹介されていた。
연등회

まず説明のページでは、無数の提灯が連なっている写真が示されている。
写真を並べたページを見ても、何らかの事物をかたどった巨大提灯と提灯行列の比率は半々といったところ。
연등회
これらの情報を総合する限り、世界遺産へ申請されたという報道に対して、青森ねぶた祭りの模倣と批判するのは、かなり苦しく感じられる。
反証として示されている情報源をたぐっていくと、特定の形態で似ている写真があるという程度の具体性しかない。韓国が日本から影響を受けたと立証するにはほど遠い、薄弱な根拠だ。他の情報源には、明らかに根拠とならないものも混じっていた。
もちろん、歴史学者民俗学者による検証などは模倣説側から提示されていない。今後、燃灯会がユネスコ世界遺産に登録されないとしても、それは青森ねぶた祭りの模倣という主張とは無関係だろう。

*1:有名なところでは、世界記憶遺産のアウシュビッツ収容所ができてから百年もたっていない。

*2:「[リンク]」にはられたページは直下のアドレスと同一なので排した。

*3:文中のリンクや文字色変更は適宜に排した。

*4:事実、どちらも仏教から発展した行事であることは、それぞれの立場で通説となっている。同時に、時期から見て独立した起源を持つことも確かなようだ。

*5:提灯の巨大化や具象化は、どちらの行事においても工芸技術の発展がなければなしえなかっただろう。逆にいえば、技術発展によって造形の具象性と大きさを競うようになることに、必ずしも互いの影響関係を見いだす必要はない。

*6:世界遺産に選ばれる理由は、起源とは関係ないという要点も指摘されている。