これまで内面が描かれていなかった妹の視点から、少女もまた「何者にもなれない」苦しみをかかえていたことが明かされる。「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」という台詞は、すでに何者かになれそうでなれなかった者の口を借りて語られていたのだ。
何者かになれた少女達のすこやかさが*1、誰にも否定できないような幼い少女のあやまちを際立たせる。そして目覚めた妹が回想の内容を忘れ、いったんありきたりな肩透かしを見せたかと思うと、いつものように少女をけっして責めようとしない歌が流れ、それがまた悔恨を呼び起こす。
回想が始まってからは、どのような背景事情が見せられるかは予想通りの一本道。まっすぐに力強く見せていく演出の力がためされる。
このような回だからこそ、武内宣之*2がコンテ演出作画監督にとどまらず一人で原画*3まで手がける意味がある。
個人的には人体を煽るカットでの力強い描線が印象的だった。