法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

過去からの「維新」の話をしよう

少し前に、橋下徹府知事が公式twitterで下記のような主張をしていた。

まあ、ありがちな保守政治家の発言ではある。今になって主張したのは、先日にインドネシアへ訪問したことが背景にあるのだろう。

リップサービスを真に受ける政治家というのも困るが、今回は「もちろん日本国の行為を絶対的に正当化するわけにはいかない」と留保しているし、橋下知事にしては慎重と評価することもできる。
しかし橋下知事の受けてきたという教育は個人的な体験談にすぎない。少なくとも一般的な歴史教育では、日本以外の欧米諸国が植民地政策を行っていた史実を当然のように教えているはずである。
そして、どこまで歴史教育で細部を教えるかということには時間的な制約もあって難しいところがある。日本が植民地獲得競争に乗り出したことでオランダ支配を脱したという歴史を語ろうとするならば、日本の苛烈なインドネシア支配についてもくわしく言及しなければならないだろう。異なる見解をつけくわえれば単純に多面的な記述になるというものではない。
ちなみにインドネシアの歴史教科書では、下記のような記述がされているという。
日本語訳:インドネシア中学校社会科教科書「独立準備の過程」:私の好きなインドネシア

3年半におよぶ日本のインドネシア占領時代は、インドネシアの歴史において最も決定的な時期のひとつであった。ジャワでの日本の占領方針はインドネシア民族意識を覚醒させ、その結果日本は占領した各地での戦闘・反乱に対処しなければならなかった。しかしながら、これら抵抗・反乱の試み全てが日本のインドネシア支配を脅かしたわけではなかった。

インドネシア占領時代、日本は西洋(ヨーロッパ)的な事柄を日本的な物へと変えていった。道路は新しい名前を与えられ(*2)、"バタヴィア"市は"ジャカルタ"市へ変更された。インドネシア民衆の共感を得るため、またそれを確実なものにするため日本が実施したプロパガンダ(ある特定の目的へ誘導すること)の一つは、日本民族インドネシア民族はアジアの新秩序を作り上げる大戦争の戦友であるというものだった。しかしながら、そういったプロパガンダの試みは度々失敗の憂き目を見た。なぜなら、強制労働、米の供出義務、軍警察(ケンペタイ*3)の恐怖、殴打、暴行、日本人に対するお辞儀の義務(*4)といった日本の占領下における苦い現実があったからだ。

他方、1944年2月アメリカ軍がマーシャル諸島を攻撃すると、アジア-太平洋の戦争(第二次世界大戦)での日本の状態はますます危機的なものとなった。それと同時にジャワの民衆による日本への反乱が目立つようになりはじめた。

このような支配を行っていた日本が、結果としてインドネシアの独立を助けたと教育しても、現在の「親日感情」を理解する助けにはなりにくいと思うのだが。


しかし話はここで終わりではない。橋下知事がひきいる大阪府議会の最大会派「大阪維新の会」が、自由社育鵬社の教科書を推進するとの報道があった。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110622k0000m040109000c.html

 首長政党「大阪維新の会大阪市議団が、中学生の歴史教科書として、記述内容で賛否両論がある自由社育鵬社の教科書を使うよう求める方針であることが21日分かった。教科書採択に関する意見書や決議文を、早ければ9月定例市議会に提出する方針。中学校の教科書は来年度に4年に1回の更新を迎えるが、市教委の選考に影響を与える可能性もある。

 自由社は、自国中心の歴史観を反映した教科書づくりで内外の反発を招いてきた「新しい歴史教科書をつくる会」と連携して教科書を発行。育鵬社は扶桑社の子会社で、両社とも教科書検定で合格している。

 市議団幹部は「日本の歴史をしっかり書いている教科書を選んでほしい」と話している。【小林慎】

自由社育鵬社は、激しい内部抗争で分裂した組織であり、その過程で数少ない専門家も離脱していった。以前から、すでに充実した教科書をつくる組織力がないことを指摘されている。
大阪維新の会」だけでなく記事内容にも疑問がある。「記述内容で賛否両論がある」といっても、学問という面では非が多数だと思っていたのだが。
そして、自由社教科書では市議団幹部の言葉に反する報道が先日にあったばかりだ。
http://www.asahi.com/national/update/0613/TKY201106130528.html

 市民団体「子どもと教科書全国ネット21」(事務局・東京)は13日、横浜市で記者会見を開き、「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された自由社の中学歴史教科書2012年版の年表が、東京書籍の02年版教科書とほぼ一致していると発表した。

 同ネットによると、両教科書の年表の「日本のおもなできごと」で、「縄文時代 採集や狩りによって生活する」から「1997 アイヌ文化振興法制定」までの約180項目すべてで出来事の選択が一致した。

 9項目で「大和国家」「太平洋戦争」(東京書籍)と「大和朝廷」「大東亜戦争(太平洋戦争)」(自由社)などの違いがあった以外は表現も一致していた。

 横浜市内8区の市立中学校で自由社の10年版教科書が使われており、10年版もほぼ同様の状態だったことから、同ネットは今回、横浜市で発表したという。

 同ネットの俵義文事務局長は「丸写しで盗用した可能性が高い。他社が改良を重ねて築いた成果を勝手に使うことは大問題だ」と指摘。他にも同様のケースがないか調べているという。

 東京書籍は「初めて聞いた話で驚いている。事実関係を確認のうえ今後の対応を考えたい」としている。

 自由社版教科書の代表執筆者で「つくる会」会長の藤岡信勝さんは「指摘を受けるまで気づかなかった。年表作成の担当者は自由社を退社しており、経過を確かめようもないが、関係者に迷惑をかけ、深くおわびする。夏にこの教科書が採択された後、来春の使用開始までに充実した年表につくり直す」と話した。

「日本の歴史をしっかり書いている教科書」が必要であれば、普及している東京書籍の教科書を用いれば良かったのだ。


それにしても、なぜ「維新」という言葉が好きな者は歴史に学ぼうとしないのか。
いや、あるいは、正しく史実の「維新」を真似し学んでいるのかもしれない。ただしそれは「明治維新」のことではない。
大阪維新の会」を見ると、天皇中心の政治体制を求めて軍事クーデターを起こしながら、当の天皇から怒りをかって鎮圧された226事件を思い浮かべたりするのだ。具体的な政策を持たない展望を破壊によって獲得しようとした「昭和維新」に、橋下知事の言動が似ていると感じなくもない。