法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『あしたのジョー』の語られざるアクション演出家、吉川惣司

吉川惣司は1980年代後半からアニメ脚本家としての仕事ばかり表に出てくるが、もともとは虫プロで難関を突破してアニメーター採用されたことでアニメ界へ入り、演出家としても『ベルサイユのばら』OPや初回コンテなど重要な部分を担当していた。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~akeda/DOLL/bara_1.htm

OPと1話のコンテの小田 響堂氏は
劇場版ルパン第一作「ルパンVS複製人間」の監督や
ボトムズの脚本を手掛けた吉川 惣司氏のペンネームです。

しかし1970年代から並行して脚本業も行っており、やがて演出業では偽名を用いるようになった。ほとんど今では演出家としての足跡が話題にのぼらなくなってきている。


過去の演出が話題にされるのは、演出家としての変化を評するためだったり、現在の演出に見られる要素の源流をさぐるためだろう。だから『あしたのジョー』の各話演出家で話題になるのは主として富野喜幸で、たまに石黒昇が言及されるか否かといったところ。あまり吉川演出が注目されることはない。
しかし『あしたのジョー』から吉川演出回を抜き出してみると、第15話「白いマットの子守唄」、第27話「明日に架ける橋」、第39話「勝利のトリプルクロス」、第44話「苦闘! 力石徹」、第50話「闘いの終り」、第57話「傷ついた野獣」、第66話「明日への旅立ち」、どれも重要な話数であることがわかる。特に第39話と第50話は、それぞれ対ウルフ金串と対力石徹の決着戦だ。むろん初登板の第15話も少年院での対力石徹決着戦であるし、第44話も減量苦で戦う力石徹の一戦を描いている。つまり、ボクシング試合でのクライマックスをほとんど担当している演出家だったのだ。
あらためて演出回を見ていくと、ひとつの特徴みたいなものも感じられてくる。それは第39話と第50話で見せる、極端に客観的な描写のことだ*1。トリプルクロスという技法を解説するハイスピード映像、たがいに動けない第7ラウンドのじりじりとした空気を画面隅の時計テロップ、主観で描写をつむいでいく出崎作品らしくない場面を大きくピックアップして描いている。意外と出崎演出でも作中モニターを利用した演出は多用されているが、こうした説明を意図した描写をクライマックスに持ってくることは少ない。


出崎監督が志向性が異なる演出家へ重要な回をふったのは、自分にないものを求めていたためか、それとも過程が全てで決着に興味がないことから、試合の決着はローテーション演出家へ任せたというだけなのか。そのあたりを考える資料は手持ちにないのでわからない。
ちなみに吉川忽司が脚本業へ移行していったのは、アニメ作品を自分の意思で制御するには作画よりも演出、演出よりも脚本が重要だからという考えのためだという。実際、近年に監督したTVアニメ『星のカービィ』でもシリーズ構成を兼任し、各話でも基本的に脚本を手がけており、演出は他のスタッフがクレジットされていた。脚本を演出時に全面的に改変していた出崎監督と、面白い対照といえようか。

*1:第50話にジョーを力石が打ち倒すクライマックスでは、出崎演出の完成形に近い静と動を極端に誇張した「間」の芝居が見られるが、こういう演出は他の吉川演出回に少ない。あくまで勘だが、ここは出崎監督の意図が相当に入っていると思う。