法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『提督の戦艦』

白軍総司令官アレクサンドル・コルチャーク提督の後半生を描く、2008年のロシア映画第一次世界大戦からロシア革命後の内戦まで、駆け抜けた愛と戦いの日々が物語られる。
GYAOで無料配信しており、高評価が多いようなので期待して視聴していたが、悪い意味で予想を裏切られた。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00867/v00156/
主人公へ感情移入できる要素が、「主人公」という配役設定にしかなくて、異なる立場から見ても納得できる物語ではなかった。恋愛劇としても、反革命劇としても、主人公の対立相手に描写が少なすぎる


20億円の総製作費がかかったというだけあって、過去を再現した映像全般には見どころがある。
特に前半の海戦は迫力があって悪くない。奇策で危機を回避したり、艦砲射撃で地上軍と連携したり、特撮だけでなく作戦描写の面でも魅力がある。後半に入っての共産軍との戦いも、最終的に敗北した側ゆえに小規模な戦闘が多いが、特に破綻することもない。機関銃にさらされながら雪原をゆっくり銃剣突撃する場面は、静謐な絶望感に満ちていて印象深い。
ちなみに原題は『Адмиралъ』つまり「提督」なので、海戦が前半しか描かれていないことが問題に感じられたなら邦題の責任。


しかし、あくまで物語の主軸はコルチャーク提督夫妻と部下夫妻をめぐる四角関係。主人公も相手もたがいに思いをよせつつ肉体関係は結ばないので、不倫劇らしくないストイックさで見やすくはあった。部下や妻との関係性も、破綻にはいたらない。だが逆にいえば愛憎劇というには単純すぎるし、不倫への迷いを全く見せないので共感することも難しい。
ついでに、主人公が白軍として戦う理由も、短い粛清描写くらいしか映像上は存在しない。一応、国家を守るために戦いながら国家の敵となった痛みも描かれているが、いかんせん主人公の配下にいた水兵達も革命に呼応して武装解除をせまってくるので、むしろ同じ戦いを経験しながら見ていた景色が違うのだろうと感じられる描写になってしまっている。
内戦での退却時に、チェコ軍の列車が通るため乗っていた列車を停止させられた主人公は、怒って友軍であるチェコ軍を攻撃しようと命じたりもする。最終的にチェコ軍から見捨てられる伏線ではあるが、見捨てられて当然という感想をいだかせてはまずいだろう。
さすがに、反共産党政府内でクーデターを起こして軍事独裁を行った史実については、描写をさけている。だが、そもそもロシア革命を批判的に見つめる物語の主人公としては、根本的にふさわしくない人物だったのかもしれない。それとも、現代ロシアでもロシア革命を全否定することは難しくて、このような中途半端な人物の中途半端な恋愛劇にしたてるしかなかったのか……