法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』

スタッフは、しぎのあきら監督、横手美智子脚本、コンテ演出に監督と連名で高橋渉が入っているという布陣。
今年の映画に合わせたスパイ一家パロディ*1と、『ドラえもん』と合わせて「超豪華!アニメ・メガ盛りSP」として放映。なかなかの佳作だが、もっと面白くできそうな惜しさを感じた。



長期ファミリーアニメでは主人公の成長が描かれず*2、結果として無限の可能性も予感させ、傑作映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』では過去への憧憬を否定する小道具として扱われた。しかし今作は来ることがない成長後の主人公達を、必ずしも夢がかなわなかった現実としてはっきり提示する。今作は物語面では過去の傑作映画にも比肩しうる内容だが、わざと踏みとどまっている感がある。
主人公の婚約者が未来から来るわけだが、実は別人という真相かとも予想した。しかし顔こそ隠すコンテ演出を使っていたものの、本当に未来の主人公が婚約者として登場。現在の主人公像と繋がる極めて享楽的な動機から、正面から管理社会を否定した。同時に結末で未来が並行世界へ分岐し、主人公の未来が再び無限の可能性を持ったと示して、今後のファミリーアニメとしての本編に自由度を残す。
管理社会の誕生と構築から、未来社会の都市や服飾のデザイン、映像的にわかりやすい世界を救う描写、未来が並行世界化したと示す結末まで、ただ一つの設定を導入することで展開。SFとしての完成度も高い。


残念だったのは、敵が小物にすぎなかったことと、映像の力が弱かったこと。
敵が小物なので倫理的に否定することが容易すぎて、管理社会の恐怖に繋がらない。せっかく婚約者の父親として登場しているのだから、これまで家族が協力してきたシリーズ映画では描けなかった、乗り越えるべき父親像として演出することも可能だったろう。管理社会の誕生理由があるから、構築した側なりの理屈も提示させやすいだろうに、印象に残らないキャラクターに終わってしまった。追跡している「花嫁(希望)軍団」も、管理側であると同時に、管理されているという葛藤が描けそうだったが、退場が簡単にすまされてしまった。
映像は、背景美術については、主人公達の身近な空間がスラム化している前半と、3DCGで綺麗に薄っぺらく描かれた都市部の対比は良かった。前半のスラム街では、婚約者の拉致される場面もカット割りが映画的で好印象。しかし作画の弱さと、終盤の間延びが痛い。
参加したアニメーターは悪くないが、枚数の割り振りが微妙で、アニメートで楽しませるカットが用意されていなかった。作画に面白味があったのは、前半のスラム街における立体的な逃走劇と、終盤で画面全体がセル画調で描かれた回想くらい。後半のアクションは背景動画が多用され、巨大ロボット戦もあるのだが、各カットが短すぎる。それでいて敵が小物なのでドラマの決着がつきながら、戦闘が続くのでテンポが間延びして感じられた。クライマックスにおいて台詞で状況が進行する時に、周囲が動きを止めてしまう問題もあった。


多くの惜しさが、敵を大物に描かなかった問題に帰結する。
社会を管理する正当性を正面から描いて、対抗する主人公に説得力が出なかった場合の失敗を恐れたのだろうか。確かに『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』は監督が敵の論理に感情移入しており、結末で収拾できる瀬戸際だったからこそ傑作として成り立った。ためらう気分もわかる。しかし無責任な大人の視聴者としては、難しくとも踏み込んで描いてほしかった。

*1:前後半ともに、それなりに楽しめた。

*2:ここを変則的ながら描いているのが『ドラえもん』の特異性の一つ。