法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

いずれ国家機密は広く公開されるべきだが、それは政治のためだけではあるまい

念のため、いわゆる「尖閣ビデオ」に限らず全ての国家機密が保存され、広く公開されることが前提と考えていることはいうまでもない。権力者や匿名の専断や恣意で公開されるべき情報が決められるようでは、ある意味では全く情報公開しないより悪質だ。


もちろん、何も現在に公開するべきという話ではない。全ての情報を保存し、一定期間*1をへてから機密解除し、堂々と歴史の審を問う米国にならってほしいのだ。
太平洋戦争後は日本と米国の結びつきが強く、しばしば日本が機密にし続けている情報が米国の機密公開で明らかになったりしている。機密情報が報道で明らかにされた沖縄密約事件でも、一方の当事者である米国の公文書は以前から機密公開しており、少し前まで否定し続けていた日本は道化のような立場だった。この沖縄密約事件を調査し、一定の情報公開をしたこと自体は民主党政権の成果と呼んでもいいだろう。米国が機密解除する国であることを前提にして日本政府は行動するべきという問題は、ずっと以前から存在し指摘され続けている。
米国が機密解除できるのは、民主主義という理想を最優先するためだけではないだろう。一定期間を置くことで現在進行中の政治に不利益とならず、広く多角的な検証がなされることによる利益がある。情報を公開するための機構を用意しておくことは、不本意な情報流失を防ぐことにも繋がるだろう。ちなみに、この問題には福田康夫元首相が力を入れていて、福田内閣では地味に公文書管理法制定で一定の成果をあげていたりする。


さて、以上は歴史のための情報公開の話だ。政治を有利に動かすための情報公開は、また違う要素がからんでくるだろう。
自身の正当性を示す情報であっても、常に公開するべきとは限らない。個人的には、自身にとって不利でも有利でも公開するという方法も有効だと思う。道徳的にも正しいだろうし、わかりやすさが内政でも外交でも一定の利益に繋がる場合がある。
しかし自身にとって有利な場合だけ常に公開するとなると、逆に公開しない時は自身に不利な情報ではないかという疑いを持たれる。逆に、あえて隠すことで実際以上に有利な情報であるかのように装うこともできるだろう。争ってえられる利益よりも、争わないことの利益を大きく考える場合なども考えられる。


しかし、「尖閣ビデオ」の流出事件では、日本の正当性を裏付ける映像という解釈を、そのまま情報公開によってえられる外交的利益へ結びつけてしまう意見が目立つ。そうした考えを短絡と批判してきたのが右派であり、知る権利などの見地から情報公開を求めてきたのが左派だったと思うのだが。
たとえば、ブログタイトルを「リアリズムと防衛を学ぶ」としているzyesuta氏すらそうだった*2
ビデオ流出による3つの問題 - リアリズムと防衛ブログ

 ビデオの内容を見る限り、宣伝戦と外交の観点からして、一般公開を拒否してきた政府の判断力に疑問符がつきます。外交戦で武器として使えたはずのものを、みすみす死蔵してムダにしたことになるからです。ビデオ非公開については「中国のみならず、海保にとっても非常にマズいことが写っているのではないか」と疑う声もありました。しかし、少なくとも今回の流出分を見る限りでは、中国漁船の非をありありと証拠立てるのみで、日本側に不利そうな情景は見当たりません。もしこのビデオを中国が反論している時期に公開すれば、国際世論を日本側有利へコントロールする、宣伝戦に活用できたはずです。

基本的に国際世論は日本側に有利な推移をしていたと思うのだが、そこは現実以上に有利となったという主張と解釈する。「中国漁船の非をありありと証拠立てる」という解釈の内実は判然としないが、一応の前提として受け入れることにしよう。
しかし、公開しないことで実際以上に不利な状況が映っているかもしれないと中国側に疑念をいだかせられる可能性もあることは、前述したとおり*3。もちろん、中国側が公開されないことを自国へ都合良く解釈していた可能性もあるし、それで強気に出た中国側へ日本側が証拠を提示するなどという交渉もありえただろう。リアリズムかどうかはともかく、そうした交渉も政治ではないかと思う。実際に、後述される水面下の交渉で行われていたことかもしれない。
また、先日にも書いたことだが*4、公開された映像からえられる情報は事件についてだけでなく、日本側の対応能力などもふくまれるだろう。証拠は証拠として保持しつつ、事件の情報を必要なだけ開示したと考えることもできる。
続いてzyesuta氏は情報公開自体は行わずとも交渉する想定もしているが、その結論が勇み足と感じた。

 あるいは、最終的には公開しないとしても、中国に矛を収めさせ、今回の係争を終わらせるために「公開するぞ」というカードが使用できたでしょう。そういう水面下の交渉に成功した結果、非公開のかわりに中国に矛を収めさせられたなら、ビデオは活用されたといっていいでしょう。しかし実際には、今に至るもまともに首脳会談も開催できない状況にあります。

 よって政府がビデオ公開を渋りつづけたことで宣伝戦についての判断力に、ビデオ非公開を代償にした交渉をしなかったか、しても失敗したらしいことからは交渉能力に、それぞれ大きな疑問符がつくでしょう。

ビデオを交渉に用いれば最低でも首脳会談が開催できるという主張に根拠がない以上、希望的観測でしかない。ビデオを交渉材料としてえられた結果こそが、少し前の外交状況だったのかもしれない。実際、ビデオが結果的に公開されたおかげで日本側が有利となる形での首脳会談が行われるという報道は、今のところ見当たらない*5
根拠が希望的観測でしかない以上、どれほど大きな疑問符も個人的な疑問にすぎない。いや、政府の交渉能力に疑問の声をあげること自体は、1つの正しい態度だと思うが。


そもそも、今回の流出事件に際して言及されることは少ないが、ビデオが撮影されていることや、その映像が残されていること自体は以前から公開されていた。立場を異にする与野党の政治家が映像を部分的に見た証言まで出されている。一定の証拠を日本側が握っていることは、ことさら日本政府が言及するまでもなく、中国側は知っていたはずなのだ。ここで日本側が様々な事情で情報公開できなかったのだとしても、中国側が確信できるはずもない。
より正確にいうと、「公開しない」という情報を対外的に発信するなら、それは「公開するぞ」というカードを裏返したものにすぎない。公開するかしないか決められる情報があるという発信をした時点で、「公開するぞ」というカードを使っていることになるのだ*6
この場合、単純に「公開するぞ」というカードが使えないという発想をしてしまうなら、相手の立場で物事を考えようとしていないか、日本政府というか民主党政権が中国政府の支配下にあるという陰謀論を暗に支持しているようなものではないか。


最後に私自身の心情を明記しておくと、たとえ実際に「死蔵」であったとしても、保存されているなら隠滅されるよりずっと良いかな、とも思っている*7。情報を隠滅することなく公開を好む政権へ代われば、いずれ公開されるだろうという期待もできる。少なくとも沖縄密約事件をめぐる経過を見る限り、情報を保存する努力と政権交代*8には一定の価値があるといえる。
これは私が歴史により強い興味を持つためであり、映像に特段の明らかな新情報が存在しないゆえでもある。今回のエントリで書いてきたように現在進行中の政治についての良し悪しとは必ずしも関係がない。今後の状況変化によっては、また別の心情を持つようになるかもしれない。

*1:情報公開の時期を恣意的に決めるだけでも政争を有利にはこべる等の問題もあるが、本題ではないので今回のエントリでは深くふみこまない。

*2:もちろんブログタイトルを素直に受け取るつもりもないが。それでもリアリズムを学ぶブログを目指すなら、せめて「一知半解なれども一筆言上」を「リンク集」に入れたり、「ADON-K@ソフト館」を「お勧めニュースサイト」に入れるのは、避けるべきではないかと思う。

*3:中国側の代わりに日本首都の首長が、中国漁船の暴力行為があったと主張していたことも思い出してほしい。逆に今回の映像は、日本側有力政治家の主張がほぼ確実に誤りと示す「非常にマズいこと」であったはずだ。その首長の舌禍癖がひどすぎて現在の政治の場では誰もまともにとりあわなかったことは、不幸中の幸いとすらいえる。

*4:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101108/1289231277

*5:たとえば毎日新聞記事によると、APECにあわせた首脳会談を打診した日本側に対し、中国側からの返答はなかったという。http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101110ddm002010119000c.html。逆に、中国側が首脳会談を望んでいることに対し、衝突事件の映像流出が懸念材料になるという匿名の外務省幹部見解まで報じられている。http://mainichi.jp/life/today/news/20101109ddm001020044000c.html

*6:もちろん、発信の時期や情報内容の説明など、「公開するぞ」というカード以外の要素も交渉の巧拙にかかわってくる。そうした面での民主党の巧拙は私には判断できない。しかしカードを使っていること自体は事実といえる。

*7:日本側の対応で明らかに批判できる要素としては、情報管理体制とは別に、googleへ映像投稿者のログを任意で求めたことくらい。そうした情報は、最低でも裁判所を通してから求めるべきだろう。

*8:民主党自体を評価するべきとはいわない。敵対する政党の問題は批判しやすいという考えならば納得しやすいだろう。