法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

産経新聞を読む時は眉に唾をつけるべき

朝日新聞を読む時は他人事口調に気をつけるべき。
毎日新聞を読む時は執筆者の名前を確認するべき。
読売新聞を読む時はスポーツ欄を最初に読むべき。
いかなるメディアも党派性から逃れられはしない。
それを念頭におくことこそメディアリテラシーだ。


さて、先日からの尖閣問題に対してニューヨークタイムズ記者が書いた文章に、産経新聞が批判をくわえている記事がある。
http://sankei.jp.msn.com/world/america/100921/amr1009210949003-n1.htm

 【ワシントン=佐々木類】沖縄・尖閣諸島をめぐり、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は10日と20日付の2回、ニコラス・クリストフ記者のコラムを掲載した。内容は、「中国に分がある」「尖閣諸島の紛争で米国が日米安全保障条約を発動する可能性はゼロ」などというものだ。駐ニューヨーク日本総領事館から反論文が寄せられたことも紹介している。

 クリストフ記者は、ニューヨーク・タイムズ東京支局長の経験があり、米ジャーナリズム界で最高の名誉とされるピュリツァー賞を2度受賞している。

 クリストフ氏は10日付のコラムで、「太平洋で不毛の岩礁をめぐり、緊張が高まっている」と指摘。その上で、「1972年に米国が沖縄の施政権を日本に返還したため、尖閣諸島の問題で日本を助けるというばかげた立場をとるようになった。米国は核戦争の危険を冒すわけがなく、現実的に安保条約を発動する可能性はゼロだ」とした。

 また、「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ」とした。

 ちなみに、尖閣諸島岩礁はあるものの、少なくとも魚釣島や南小島は岩礁ではなく、沖縄県宮古島の漁民らがカツオブシ工場などを経営していた島だ。

 次に20日付で、10日付のコラムに対し、日本の外交当局から反論文が寄せられたことを紹介した。クリストフ氏は、尖閣諸島が歴史的、国際法上も日本の固有の領土であることを指摘した反論文を一部掲載、読者に反応を呼びかけた。

 読者からはさっそく「日本政府は歴史を改竄(かいざん)するのが得意だ」(カリフォルニア在住の男性)という書き込みがあった。

 在ニューヨーク日本総領事館によると、反論文は17日付で、従来の日本政府の立場を示したものだ。同総領事館の川村泰久広報センター所長名でクリストフ記者に直接手渡した。

 総領事館は「そもそも尖閣諸島をめぐる領土問題は存在しない。にもかかわらず、希薄な根拠をもとに中国に分があるような記述をしていたため、直接会って反論した」と話す。

この記事自体は、そう間違いではない。しかし、記事に対する過敏な反応を見ていると、結果的にせよ説明不足だったようだ。
たとえば産経記事に対するはてなブックマークコメントを読むと、あたかもクリストフ記者が「感覚」だけを根拠としているかのように受け取ったり、その言い回しを用いて皮肉る意見が見られる。
はてなブックマーク - 外務省、尖閣問題で「中国に分がある」コラム掲載のNY紙に反論 - MSN産経ニュース

id:gogatsu26 はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、こいつは頭が悪いようだ 2010/09/21
id:webkit # |ω・)…… はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、○○に分があるようだ←改変に使えるwww 2010/09/21
id:shukaido170 米国, 中国, 尖閣諸島 「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、日本の役目は終わったようだ」 2010/09/21
id:ncc1701 「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ」中南海から吹く風の気配を感じるんですね、わかります。 2010/09/21
id:sotokichi ネタ, 中国, マスゴミ, これはひどい とりあえず、私の感覚では911アメリカの自作自演だったとでも言っておこうか。 2010/09/21
id:skylab13 ははは。感覚で書いたんならしょうがないな。きっとイラクもアフガンも感覚なんだろ。 2010/09/21
id:justgg 「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では」なんてレベルで、よくこんな重要で微妙な問題について記事が書けるものだ。 2010/09/21
id:cockok news 「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ」チラシの裏にでも書いとけ 2010/09/21
id:EG_6 media “はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ” ―ピュリツァー賞を2度獲った人物が原文で何と書いているか後で確認したい。 2010/09/21
id:toaruR 『はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ』……ピュリツァー賞(笑) 2010/09/21
id:fuldagap 国際, これはひどい 「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ」おいおいおい 2010/09/21

ただしEG_6氏は元記事を確認したいと明言している。また、あくまで「中国に分がある」という主張に対して批判をくわえているだけで、「感覚」はついでに引用しただけと読めるコメントも複数ある。しかし、感覚だけを根拠にしていると受け取っているとしか思えないコメントが複数見られることは確かだ。
元記事に目を通すと*1「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ(My feeling is that it’s China, although the answer isn’t clearcut.)」という発言に続けて、いくつかの根拠を示している。
Look Out for the Diaoyu Islands - The New York Times

So which country has a better claim to the islands? My feeling is that it’s China, although the answer isn’t clearcut. Chinese navigational records show the islands as Chinese for many centuries, and a 1783 Japanese map shows them as Chinese as well. Japan purported to “discover” the islands only in 1884 and annexed them only in 1895 when it also grabbed Taiwan. (You can also make a case that they are terra nullis, belonging to no nation.)

中国の記録には古くから中国領として扱われていること、1783年に作られた日本の古地図にも中国領という表記があること。その後年である1884年に日本が島を「発見」して1895年に「領有」したと主張していること。私は英語が不得手だが、だいたいこのようなことを指摘していると読めた。
他に具体的な根拠*2を示しているのだから、「私の感覚」という表現は「はっきりした答えは分からないが」という表現と同じく、強い主張ではないことのエクスキューズと読むべきではないだろうか。今回は産経記事が誤訳したわけではなく、クリストフ記者の感覚を曲げたわけでもないようだが、一部分だけを紹介することで結果的に文脈を伝え損ねたと思える。
実際にクリストフ記者自身も次の段落で、国際司法裁判所で争うことが最上の解決策と書いている。それが現実には実行に移されないだろう根拠もふくめて。

The best approach would be for China and Japan to agree to refer the dispute to the International Court of Justice, but realistically that won’t happen. And since some believe that the area is rich with oil and gas reserves, the claims from each side have become more insistent.

尖閣諸島周辺に天然ガスや石油が存在するため、以前よりも両国が引き下がらなくなったと説明している。つまり、尖閣諸島に資源問題がからんでいることをクリストフ記者は理解しているのだ。ここで元記事の前半で書かれ、産経記事も最初に紹介した「不毛の岩礁」という表現の文脈が変わってくる。
つまりクリストフ記者の元記事は、米国購読者に向けた文章としての党派性を見事に表していたのだ。日本や中国にとっては重要度の高い場所であるが、その激しい争いに米国が巻き込まれることは核戦争の危険もあり得策ではない、という意味で「不毛」という表現が選ばれたのだと私は思う。ゆえに、もしクリストフ記者が尖閣諸島の帰属正当性について翻意したとしても、元記事の主張が変わることは期待できない。
前後するが、クリストフ記者の批判意識は、日本にだけ向けられていたわけではない。元記事の中ほどに、下記のような現状説明がある。

The reason to worry is that nationalists in both China and Taiwan see the islands as unquestionably theirs and think that their government has been weak in asserting this authority. So far, wiser heads have generally prevailed on each side, but at some point a weakened Chinese leader might try to gain legitimacy with the public by pushing the issue and recovering the islands. It would be a dangerous game and would have a disastrous impact on China-Japan relations, but if successful it would raise the popularity of the Chinese government and would also be a way of putting pressure on Taiwan.

中国や台湾のナショナリストは疑いなく尖閣諸島が自国のものと考え、さらに自国政府の主張が下手だと考えている、とクリストフ記者は説明している。この説明は事実を伝えていると私は思うし、どこの国でも「ナショナリスト」の考えることは兄弟のように似通っているとも感じた。
クリストフ記者は続けた文章で、もし中国の指導者がナショナリストに煽られて自国の主張を押し通し、うまくいけば中国政府の人気が高まって台湾を抑圧するだろう、と予想しているように読める*3。これもまた米国の購読者へ向けた党派性ある主張といえるだろう。同時に、日本のナショナリストにも賛同されそうな意見だと思える。産経記事はなぜこの予想を紹介しなかったのか不思議なくらいだ。


元記事を通して見たところ、石油資源がある尖閣諸島周辺で領土問題が起きており、中国の領有主張が国際的に認められてしまうことで中国政府の人気が高まる危険性がある、と懸念する文章に読めた。中国に領有の正当性があるかもしれないという後半の説明も、むしろ危険性の高さを示すための根拠ではないだろうか。
もちろん「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ」という見解自体が誤っているという批判は、日本メディアとして当然の態度だろう。しかしその見解だけ注目して全体を読まず、クリストフ記者を「反日」と評価するのは即断ではないだろうか。

*1:はてなブックマークで3番目にコメントしたid:powerhouse63w氏も紹介しているのだが、あまり他人のコメントは確認しないものなのだろうか。

*2:ゆえに見解が正しいという話ではない、念のため。

*3:くり返すが、英語は不得手なので正確な理解ができている自信がない。