法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『Cat Shit One』と『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』と

擬人化された動物が現実感ある描写で戦争を行うマンガ、小林源文『Cat Shit One』。それを3DCGアニメ化した短編映画が全編YOUTUBEで無料公開されている。映画館等では3Dで上映するという話だから、あくまで劇場で展開される映像をあらかじめ公開し、期待感を煽るCMとして見るべきだろう。上映時間の短さから見ても、あくまで技術的なトライアルと考えるべきなのかもしれない。
実際、映像の質こそ日本国内制作では最上に近いが、内容に特筆できるような独自性はなく、物語の先を知ったからといって感動が薄れることはないだろう。主人公達は圧倒的な物量差をものともせず、会話が通じない敵兵士を倒していき、危機におちいっても助けが入って切り抜ける*1。映画『ウインドトーカーズ*2の拳銃無双すら凌駕しており、B級アクション映画ほどのサスペンス性すらなく、シューティングゲームのデモを見ているような気分だ。
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映像について書くなら、カメラが回り込み続けたり、距離をとって建物を配置したり、空気が乾燥して遠景まで見渡せる環境を物語の舞台としたり、奥行きと立体感を目で楽しませることを考え抜いたコンテだと思える。小林源文原作でありながら兵士が遮蔽物を効果的に利用しない不自然さも、立体映像ならではの奥行きを見せたい演出と解していいだろう。
3D映画でミニチュアを使うとサイズの小ささがばれやすいそうだし、手書きアニメも平面の階層以外の奥行きを作ることは難しいから、どうしても3DCGの必要性が増していく。そうして3DCGによる制作が必然的である以上、擬人化された動物をキャラクターとして用いることは巧い方策ではある。現状では3DCGを使って人間を描画すると、静止画ならばまだしも見ていられるが*3、芝居をつければ不自然と感じやすい*4。特に走ったり歩いたり転んだり、様々な激しい動作を見せる戦争映画では、あえて擬人化した動物を配役して不自然さを軽減するのは巧い手法だ。
キャラクターをデフォルメした分、背景や小道具の現実味が増す効果もあり、これは『サンダーバード』を思い出させる。


さて、この映画はネットでも賛否両論が出ているように、もちろん政治的に正しいとはいいがたい。敵側と会話が通じず*5主人公がなぜ戦場にいるかもわからず、といったことはまだいい。どちらかといえば、救出対象となる者も意味ある言葉を発さず、主人公の正当性を担保するだけの類型的な存在でしかないところが気にかかかった。
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もふもふしたウサギが主演する戦争アニメは、ただそれだけで非難に値する - そこにいるか - The cape of an island
しかし政治的な正しさを念頭に置かず作っていると考えるのは早計だろう。物語の最後に映画がフィクションであるむねの断り書きが表示されるが、その表現は既存の政治的な正しさに配慮した断り書きをパロディしたものだ。現実の動物とは異なる体型の擬人化した動物しか映画へ登場していないのに、わざわざ現実の動物を使用していないと断るあたりで明らかだろう。動物が登場する映画における動物愛護思想へ配慮した断り書きを、文体から模していると見ていい。
つまり、おそらく制作者は意識的に政治的な正しさへ中指を突き立てているのだ。そうであれば偏狭な視聴者が政治的な誤りを徹底的に指摘し批判することも、逆に一種の礼儀であろう。もしくは一種の儀礼であろう。


もっとも、先述したように物語は何ら新味がなく、ありきたりな見地にただよりそっただけでしかなく、特筆して政治的に批判されるべき作品とまでは思わなかった。かつて見た時に怒りをおぼえた戦争映画『ティアーズ・オブ・ザ・サン』と全く同種の問題を内包しているが、主人公の安易すぎる危機脱出や、敵側の視点をいっさい描かない世界観の狭さも、短編映画ということを考慮して薄目で見てあげたくなる気分もある。
ただし、短編という制約は批判に対する本質的な釈明にはならないことも確かではある。ほぼ同じ尺の短編であっても、ずっと広い視野で多くの葛藤を内包したアニメは数多ある。
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そして、敵味方の描写で類型的な記号を援用しつつ、フィクションという断りだけで安易に現実との境界線を示すのであれば、空虚な世界観の物語と評さざるをえない*7。もし敵兵士がイスラムと全く無関係というならば、映画で描かれている状況の、現実の戦争における正当性すら担保されなくなる。否定意見に対して現実との相違を主張しつつ、肯定意見を引き出す場合に現実の想起を求めるとすれば、それは少し虫が良いのではないだろうか、とも思うのだ。


ところで、可愛らしく擬人化された動物が現実感ある演出で戦争を行う先行作品として、映画『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』*8が一部で比較対象にされているようだ。
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心に傷を負って帰郷した主人公をめぐる物語は、時代から見てニューシネマへの返歌ともとれる。暗い屋内で展開されるボクシングは『ロッキー』の引用だろうか。永丘昭典監督は後に映画『アンネの日記*9を手がけ、写実的なアニメ演出方法を深めている。
そして話題になっている『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』冒頭の激しい戦闘場面は、明らかに米軍と思わせる兵装が登場するし、ベトナムを意識した作中の風俗から見ても、作中の「デルタ戦争」はベトナム戦争を基にしているといっていい。演出作画は映画『プラトゥーン』に先行して制作されたとは思えないほど完成度が高い。もちろんこの映画の戦争もフィクションであるが、悲惨な戦場を映像で描くことで、寂寞とした駅前通りに口数少ない主人公がたたずむ姿に心情をうかがわせるだけの背景を感じさせた。
そもそも尺の長さが大きく異なることもあるが、人命を助けようと行動した主人公が帰還後に置かれた立場などから、戦争に対する兵士個々の影響力や*10、背景となった社会の倫理観などもうかがわせる。全て虚構と見ても物語の背景となりうるだけの情報は作中で示されているし、批判をそらすためだけに現実と境界線を引いているわけではないからベトナム戦争を援用しながら読むこともできる。
つまるところ『Cat Shit One』と『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』は、むしろ語り口調が似ているからこそ、物語と映像のどちらに重点をおいているかが対照的とわかりやすいのだ。その良し悪しをここで論じるつもりはないが、少なくとも一方が反戦で他方が好戦という単純な構図でないことは注意しておこう。

*1:主人公が助け合う途中までは先の描写が後のドラマとして活かされていって、それなりに楽しめる。しかし最後にヘリが登場して危機を脱するのは安易すぎないか。登場したのが東側の戦闘ヘリというところに時代のうつりかわりを感じる面白さはあったが。

*2:感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100403/1270309535

*3:いわゆる「不気味の谷」を乗り越えたと評される映像も少なからずある。

*4:鬼門の一つが長髪なので、戦争映画のシチュエーションでは問題になりにくいかもしれないが。

*5:少なくとも原作でベトナム戦争を描いていたころは、まだしも敵側の心情も描かれていたと記憶しているのだが。

*6:政治的な正しさでいうと、ある意味ではずっとひどいが。

*7:あくまで物語の一側面から評価しているのであって、現実から設定や描写を引用する演出方法の良し悪しは、また別の機会に話したい。

*8:「幸福」と書いて「しあわせ」と呼ぶ。たまたまVHSビデオを所有しているのだが誰か上映会でもやらないか興味ないかそうか悪かった。実のところ、最近は見ていないからテープにカビが生えているかもしれない。

*9:DVDを何度も見返すほど好きなアニメ映画。冒頭の絵画的な美しさ、閉鎖環境の陰鬱さ、連合軍進撃のカタルシス、急転直下のEDと、映画を構成する全てが高いレベルで融合している。抑制された刺激の少ない映像ではあるが、一見の価値はある。マッドハウスが制作している関係で、りんたろう浅香守生平田敏夫がコンテに入っているところも注目。

*10:戦争に対して個人の英雄的行動は微力でしかないという意味では、『Cat Shit One』よりも「リアル」な戦場を描いていると評価することもできるだろう。