法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『鋼の錬金術師FA』のセントラル動乱に見るクーデターの作法

入江泰浩監督が、少し前にtwitterでタイのバンコク動乱について言及していた。紹介されているブログは堀江貴文氏のもの。
堀江貴文(Takafumi Horie) on Twitter: "ブログ更新です。 タイ政変 - タイ王国バンコク騒乱、しかし市民は生きている日本人ジャーナリストもお亡くなりになったとかで日本ではとんでもない大騒ぎの内戦がバンコクで繰り広げられていると思っている人.. ☞ http://am6.jp/ap6dwW"

RT @takapon_jp: ブログ更新です。 タイ政変 - タイ王国バンコク騒乱、しかし市民は生きている日本人ジャーナリストもお亡くなりになったとかで日本ではとんでもない大騒ぎの内戦がバンコクで繰り広げられていると思っている人.. ☞ http://am6.jp/ap6dwW
12:46 AM Apr 21st

入江泰浩@ハロウィン・パジャマ on Twitter: "「セントラル内乱における市民の動揺の無さ」に近い。ま、鋼の場合は「ホムンクルスとかのやばい情報が市民には伝わっていないから大慌てになってない」という感じで市民を描いていますが。それでも武力衝突を前に平穏すぎでは?という意見は出た。でもまあ広い範囲での出来事なんてこんなもんです。"

「セントラル内乱における市民の動揺の無さ」に近い。ま、鋼の場合は「ホムンクルスとかのやばい情報が市民には伝わっていないから大慌てになってない」という感じで市民を描いていますが。それでも武力衝突を前に平穏すぎでは?という意見は出た。でもまあ広い範囲での出来事なんてこんなもんです。
12:46 AM Apr 21st

前アニメと比べると今アニメは背景事情を省略していて、悪くない意味で少年マンガらしくしていると思っていたが、想像していたより背景状況についても考えて制作しているようだ*1
ただ、過去の歴史を引くのではなく、現在進行している時事問題へ直接的に物語作家が言及しているのは珍しい。問題ある言動を行ってしまう危険性もあるだろうが*2、ことさら忌避するよりも作品の幅を広げるだろうし、良い傾向だと思う。


なお、タイは王がいまだに強い権威を持って軍も政府も威圧でき、政変に対しても定期的に介入しているくらいなので、バンコク動乱が比較的に平穏*3なのは特異という見方もあるだろう。しかし、それをいうなら『鋼の錬金術師FA』も大総統の権威を利用してクーデターを起こしている。
むしろ入江監督の発言は、この種の政変が持つ一般的な傾向を見いだしたものと解釈してもいいだろう。争う集団の双方が自身の正当性を標榜し、正当性の象徴を欲する。ゆえに王や大総統、民主主義や愛国心、有形無形の有象無象の象徴が争奪される。現実のクーデターも虚構のクーデターも、それは変わりない。
ただし虚構においては、実体ある象徴が好んで用いられる傾向にあるとはいえるだろう。そうした「実体」が象徴として使えなくなる結末も、マンガ『アドルフに告ぐ』等のように珍しくない。


鋼の錬金術師FA』第53話と原作23巻において、「正義」という言葉が実体を反映しないものとして、ただの宣伝文句みたいに扱われる場面がある。この描写だけでは、正直にいってありきたりな偽善冷笑としか思えない。
ここでこの作品が面白いのは、実体ある象徴が正当性の象徴になりえない*4ことを最初から視聴者や読者へ提示し、その実体を虚構化することで象徴として用いたこと。さらに、その虚構を利用して大総統夫人という実体ある象徴を入手する経過をていねいに描いたことにある。
正当性を示す象徴の争奪戦と宣伝手法をていねいに描いた作品としては『大長編ドラえもん のび太の宇宙小戦争』という名作もある。しかし一巻で完結する短い物語ということもあり、争奪対象の実体が正当性を象徴するところは前提とされて疑われることはなかった。
架空の正当性を宣伝するだけではなく、その正当性を実体化して入手する手法まで描いたという意味で、『鋼の錬金術師FA』および原作は、一種の「政治」を、部分的にであれ描ききった珍しい作品といえるのではないかと思う。

*1:ただし、放送局の占拠や大総統夫人の利用など、今アニメで描かれているクーデター描写のほとんどは原作にもある。今アニメが原作で描かれている背景事情を省略気味ということは事実。

*2:たとえば入江監督も口蹄疫問題で、デマを「拡散希望」するブログを紹介してしまっている。http://twitter.com/IRICOMIX/status/13864619035

*3:念のため、やはり多数の死傷者は出ている。

*4:大総統が主人公達と対立関係にあるというだけではない。大総統という「象徴」を務めている「人間」自体が、敵によって作られた虚構にすぎないという入れ子構造がある。