法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

拉致被害者を支援する団体に、拉致問題を否認する西岡力新会長が就任

先月の記事だが。
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100328/kor1003281918002-n1.htm

蓮池透さんが退会 救う会新会長に西岡氏
2010.3.28 19:12


 北朝鮮による日本人拉致被害者の家族会と支援組織「救う会」は28日、東京都内で合同会議を開き、救う会新会長に現会長代行の西岡力氏(53)を選出した。現会長の藤野義昭氏(71)は名誉会長に就任する。また家族会は、蓮池薫さん(52)の兄で元副代表の透氏(55)の退会を決めた。

 透氏の退会について家族会は「北朝鮮への制裁より国交正常化を優先すべきとの主張を繰り返しており、家族会の主張が変わったと国民を混乱させる恐れがあった」としている。後日、退会決定を本人に伝える。

 西岡新会長は「北朝鮮情勢が緊迫しており、今が正念場。拉致被害者全員を救出するため、全力で責任を全うしたい」と語った。

制裁という主張を変えれば国民が混乱する、などという理由で元副代表を更迭してしまうとは、組織としてかなり末期に近い状況になってしまっている。せめて更迭はさけられないにしろ、もう少し対外的にまともな建前は作られなかったものか。


さて、すでに会長代行とまでなっていた西岡氏だが、とうとう会長にまでのぼりつめてしまった。個人的には、拉致問題にだけは近づいてほしくない人物の筆頭だったのだが。
その近づいてほしくない理由とは、西岡氏が過去の日本拉致問題を否認しており、しかもその論理を使えば北朝鮮拉致問題を否認してしまうことすらできるためだ。近年も下記のような文章をインターネットで公開している。
西岡力

世界には貧困のために不幸にして自分の性を売らなければならなかった人たちは、歴史的にも、現在にもたくさんいます。そういうこととは別に、日本が国家として権力を使って慰安婦に強制的に性を売らせたということがあれば、それは問題です。もし、そういうことがあれば「慰安婦問題」となるでしょう。しかし、なかった。ですから「慰安婦」はいたけれども「慰安婦問題」はなかったというのが真実です。

では、そのないはずの「慰安婦問題」がいつから出てきたかと言えば、一九八○ 年代からです。韓国の政権はずっと反日だったと言いますが、一番激しい反日だったのは李承晩政権です。反日と反共を国是としていて、そのため李承晩政権は日本と国交正常化しなかった。そして、日本に対して多額の賠償請求をしていました。

白馬事件を無視しているのはよくあることだが、後段で出てくるので後述。
しかし白馬事件を無視してさえも、「従軍慰安婦」という言葉が広まった一因としてよく指摘される千田夏光従軍慰安婦』の出版は1973年。西岡氏は10年近く歴史を修正している。

その後、一九六五年から八二年までの間は、歴史問題を理由にした反日デモが起きたことはないし、歴史問題で外交交渉をしたこともありません。すでに清算はすんでいますから当たり前です。

西岡氏にとって、1965〜1982年の韓国は容易にデモが行えるような民主国家だったのか。
ちなみに西岡氏は1982年から1984年までソウルに住んでおり、吉田清治報道を見ていたという。

吉田清治がテレビに出た後、私は街に出て知り合いの食堂の女の子たちと話をしました、女の子たちにあのテレビを見たかと訊ねたら見たと言う。そして、「我々韓国人にとっては謝ってくれてありがたいけれど、あの人は帰国して大丈夫なんですか?外国に来て自国の悪口を言ったらよくないでしょう?帰国したら袋叩きに合うのではないか」と言っていました。

それぞれの国がそれぞれに愛国心を持っているのだという、当時の韓国人には当たり前のバランス感覚があったのです。

いやそこは、日本社会は過去の戦争問題を告発されたくらいで袋叩きにするような非民主国家ではない、と教えるべきところだろう。もちろん実際に袋叩きになったのが日本の現実だが*1


金学順氏が被害を名乗り出たことへの反応もひどい。

一方で、韓国では全斗換政権以降、対日歴史糾弾外交を進める中で、十年間教育を受けてきた人たちがいます。その人たちは日本の植民地時代について、事実を知っている人からすればバランスを欠いた、まるで暗黒の時代であったかのような印象を持っている。そういう若者たちは、日本の軍隊が突然、村に現れて十代の少女を強姦して連れていったというイメージをすんなり受け人れてしまいます。

そういう中で、日本から火をつけた裁判が始まり、慰安婦だったと名乗り出る金学順さんが出てきたのです。 しかし、この金学順さんは四十円でキーセンに売られた人だった。つまり、強制的に連れて行かれた人ではなかったのです。

売られたから何だというのだろうか。人身売買されて買春を強制されたなら、しかも相手が国家を守る建前の軍隊であれば、それはまさに「暗黒の時代」と呼んで過言ではないだろう。

本当に韓国人女性のことを思っているのなら、日本から賠償をとれるかどうか本気で見てあげて、恥をさらさないようにしてあげるべきです。金学順さんのように、一度表に出てきてしまった人は、韓国社会にも偏見がありますから、そういう目で見られる。すると、出てきた人はとにかく「強制された」と言わざるを得なくなるのです。

私の太宰治がささやいている。韓国社会に偏見があるのではない、あなたに偏見があるのでしょう、と*2


そして白馬事件への言及もあるが、これもまた目を疑う内容だ。

河野談話」が出て五年くらいたった時、中川昭一さんが会長となった「日本の歴史教育を考える若手議員の会」が「慰安婦問題」の検証作業をしました。私も出席していたのですが、外政審議室の人が出てきていたのでその人に、「この『河野談話』の官憲等という記述は何なのか。この記述が問題だと思う」と言ったら、「これはインドネシアにおけるオランダ人を慰安婦にした事例だ」と言う。

調べてみると、数カ月ですが本人の意志に反してオランダ人を慰安婦にした事例がありました。しかし、その軍人らはインドネシア駐留軍の上部から軍規違反で処罰され、慰安所は閉鎖になった。処罰されたということは、組織として「強制」していないということです。しかも戦後、その軍人らはBC級戦犯として死刑などになっています。

河野談話が出てから5年後、つまり1998年にようやく白馬事件を知ったのか。1995年初版の吉見義明『従軍慰安婦』でも言及されているのだが*3慰安婦問題を議員達で検証作業しながら、外政審議室の人から聞かされるまで知らなかったというのだから、どれほど内輪向けの「検証」にすぎなかったかが、よくわかるというものだ。
しかもオランダ人の抗議で慰安所が閉鎖されただけで、日本軍内部で処罰されていたわけではない。


西岡氏は最後にマイク・ホンダ議員の活動へ言及し、当時の首相へ問題を先送りにしないよう願っている。

しかし、安倍総理は「慰安婦問題」の事情をよくご存知ですから、「狭い意味での強制はなかった」と言っているので、他国から見れば歴代の総理は謝っているけれども安倍総理から謝らなくなったということになります。そしていま、アメリカのメディアで安倍攻撃が始まっている。

中途半端に知っていて、体系的に学んでいない問題が安倍首相の発言に現れている。もちろん非専門家の私にとっても他人事でない問題だが。

安倍総理はいま、「慰安婦問題」について単独で闘っていますが、行政の最高責任者なんですから、官邸にも外務省にも命令して、政府一体となって問題を先送りするのをやめて、国際的誤解を解くために全力をあげるべきです。

自国の犯罪を否認する首相という立場でありながら単独で闘うような羽目におちいったならば、周囲が間違っているのではなくて首相が間違っているのではないかと疑うべきだろう。


そもそも当時の日本は軍事独裁国家に限りなく近かった。少なくとも非民主的な全体主義国家と化していたことは間違いない。それでいて建前では併合した朝鮮人を同国民として扱い、実態として差別していた。ならば、末端の問題も管理者であった日本軍に責任が問われてしかるべきだろう。独裁者に責任が問われないならば、仮に金正日が個々の拉致問題について知らなかった場合*4の責任も問えなくなってしまう。
問題が周知された時期が事件の発生より遅いことに文句をつけることも同様の問題がある。拉致問題もまた日本国内で問題として周知された時期は事件の発生より遅い。
そして当時の日本においてさえ、人身売買は違法である。金学順氏に対して弁護士が「あなたは当てはまりません」「出ないほうがいいですよ」とアドバイスするべきだったと主張する西岡氏は、全体主義国家以下の人権精神しか持っていない。
このような意識で、いかにして西岡氏は拉致問題を批判できるというのか。

*1:なお、自国軍の問題を告発した者が袋叩きになるのは北米などでも散見される、普遍的な問題ではある。グアンタナモ収容所の虐待を告発した米兵は名前を出さないよう告発時に願ったのに、ブッシュ大統領の会見で実名が明かされてしまい、ひどい攻撃を受けてしまっているという。この問題を取り上げた『NHKスペシャル』についてはいずれ紹介したい。

*2:http://d.hatena.ne.jp/hagakurekakugo/20070907/p1なお、偏見のアウトソーシングとは別に、性犯罪を告発する困難性については注意をはらう必要はある。

*3:175頁からスマラン慰安所事件の顛末として、他のオランダ人従軍慰安婦問題とともに書かれている。

*4:独裁者が細かな自国の問題を把握していない可能性は少なくない。