法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

宮台と東のダンス

宮台氏と東氏が同等とは思っていないが、一種の傾向として並べてみる。


まず最初の論争は、金明秀氏がブログで宮台真司氏の永住外国人認識*1を批判したことに始まる。
「帰化すればいい」という傲慢 - Whoso is not expressly included
対して宮台氏はtwitterで下記のように反応した。
宮台真司 on Twitter: "#miyadai 無知だとさw全部分かって言ってるんだよ。あんたの立場からそう見える、こっちの立場からそう見えるってだけ。その布置を示すトライアルRT @KORJPNZ: 宮台真司氏を今回初めて知りましたがこんな無知でも学者になれるんだ。http://bit.ly/cDyhK4"

#miyadai 無知だとさw全部分かって言ってるんだよ。あんたの立場からそう見える、こっちの立場からそう見えるってだけ。その布置を示すトライアルRT @KORJPNZ: 宮台真司氏を今回初めて知りましたがこんな無知でも学者になれるんだ。http://bit.ly/cDyhK4
4:14 PM Mar 27th

何をどう分かっているのか社会学者としての知見が一応あるかと期待したら、twitterでの論争を通し*2、最後は下記のように無知を認めて謝罪する発言が投下された。
宮台真司 on Twitter: "#miyadai デマとは「あえてつくウソ」という意味ですが、特別永住者の社会福祉受給権の歴史について、知っていて無視したのではなく、知りませんでした。ただ僕は研究者なので、査べなかった怠慢は謝罪に値すると思っています。今後もよろしくお願いします。@han_org"

#miyadai デマとは「あえてつくウソ」という意味ですが、特別永住者社会福祉受給権の歴史について、知っていて無視したのではなく、知りませんでした。ただ僕は研究者なので、査べなかった怠慢は謝罪に値すると思っています。今後もよろしくお願いします。@han_org
6:12 PM Mar 29th

本来の意味は「あえてつくウソ」かもしれないが、現在では「ウソを広めること」も指すはず。とりあえずgoo辞書を引くと、下記のように「根拠・確証のないうわさ話」という字義も出てきた。
台聴(たいちょう)の意味 - goo国語辞書

(1)政治的効果をねらって、意図的に流される虚偽の情報。悪宣伝。
(2)根拠・確証のないうわさ話。流言蜚語(りゆうげんひご)。

ともあれ、批判に対して間違いをきちんと認めることは感情的に難しいことであり、宮台氏の態度を私は立派と思うことにする。最初に宮台氏を批判した金氏も論争の終結を宣言し、宮台氏の訂正を受け入れるエントリを上げた。
その後の顛末 - Whoso is not expressly included
ただし、上記のような論争を経て、宮台氏は下記の発言もつぶやいてしまった。
宮台真司 on Twitter: "感情的表出の文脈が複雑化する中、僕自身は、ネトウヨ(僕の用語ではウヨ豚)からサヨと罵られ、ブサヨからウヨと罵られるようなポジションを、意識的に取得しようとしています。こうした知恵を僕は人形劇やオペラから学んだような気がします。"

感情的表出の文脈が複雑化する中、僕自身は、ネトウヨ(僕の用語ではウヨ豚)からサヨと罵られ、ブサヨからウヨと罵られるようなポジションを、意識的に取得しようとしています。こうした知恵を僕は人形劇やオペラから学んだような気がします。
10:08 PM Mar 29th

取得することに何の意味があるのか、と思わざるをえない。この問題については後述する。


さて、上記の宮台発言へ言及した東浩紀教授の発言も、ありがちな態度ではある*3
東浩紀 on Twitter: "むかし「南京虐殺はあったと思うが、南京虐殺がないと主張するひとびとの自由は保障しなければならない」とピーター・シンガーとか引用して東工大の授業で言ったら、ネットで「東は南京虐殺否定派」とレッテルを張られ左翼学生が押しかけてきた事件があったが、それを思い起こす。"

むかし「南京虐殺はあったと思うが、南京虐殺がないと主張するひとびとの自由は保障しなければならない」とピーター・シンガーとか引用して東工大の授業で言ったら、ネットで「東は南京虐殺否定派」とレッテルを張られ左翼学生が押しかけてきた事件があったが、それを思い起こす。
1:07 AM Mar 31st

このつぶやきは虚偽と呼んで過言ではないだろう。
私も簡単にまとめたことがあるが*4、東教授自身が「実際にぼくの授業に来て質問したらいいのではないでしょうか」と主張し、後日でも「結局、東工大の授業に歴史認識問題を問いただす学生などだれひとり現れず」「つまりは、あいつらにとっては東浩紀はネタでしかないんだよなあ」と書いた経過を抜かしては誤解を招く*5
また、たとえばid:toled氏は「歴史修正主義者」と呼んでいたが*6、「南京虐殺否定派」とは主張していなかったはず。
何より問題なのが、「ただ適当に南京大虐殺の例を挙げていると思われたらいやなので」という理由で持ち出した話が、「虐殺の事実性に疑いを挟ませるものではない」と東教授自身が認める「強い実感がない」という主張でしかなかったこと*7。「ときに自己矛盾を抱えかねないもの」という例として示すつもりなら、むしろ比較的に「疑いえない」と主張するアウシュヴィッツを持ち出すべきだったろう。
東浩紀 on Twitter: "奇しくも宮台氏の在日問題ツイートととても似た構図になってきた。これはつまり、問題の特殊性に関わらず、左翼や反体制派が持ち出す図式が同じであることを証明している。そうやって連帯の可能性を勝手に潰していってください。どうぞどうぞ。"

奇しくも宮台氏の在日問題ツイートととても似た構図になってきた。これはつまり、問題の特殊性に関わらず、左翼や反体制派が持ち出す図式が同じであることを証明している。そうやって連帯の可能性を勝手に潰していってください。どうぞどうぞ。
1:20 AM Mar 31st

最初は似た構図だったかもしれないが、自身の歴史認識が誤っていることを宮台教授は認めたという大きな違いがある。発言を比べてみれば、連帯の可能性を東教授自身がつぶしていることがよくわかる。
東浩紀 on Twitter: "南京問題はあった。しかし「南京問題はなかったというひとの発言」は認めねばならない。これが南京否定派と言われるならおれは否定派なんだろう。それでいいよ。勝手に言葉狩りでもなんでもやっててくれ。そんなことばかりやってるから、みな左翼から離れたんだよ。"

南京問題はあった。しかし「南京問題はなかったというひとの発言」は認めねばならない。これが南京否定派と言われるならおれは否定派なんだろう。それでいいよ。勝手に言葉狩りでもなんでもやっててくれ。そんなことばかりやってるから、みな左翼から離れたんだよ。
1:23 AM Mar 31st

はてなブックマーク等で批判されているが*8、あえて屋上屋を重ねるつもりで基本を確認しておく。
まず、「南京問題はなかったというひとの発言」には、東中野修道氏のように名誉毀損が裁判で確定するほど悪質なものがある。つまり、この東発言は、名誉を毀損するような発言までも認めなければならないという主張なのだ。「認めなければならない」と積極的に居場所を確保しようとしている発言の内容は、学問的に誤っているのみならず、表現の自由に値しないと日本の司法が認められているものもあるのだ。
そして、裁判敗訴後も東中野氏は南京事件否定論を主張し続けている。東中野氏以外にも、インターネットの匿名空間だけでなく、『正論』『週刊新潮』等々の様々な商業雑誌や、『たけしのTVタックル』のような地上波TVメディアでも南京事件否定論が流布されている。つまり、この東発言は、すでに居場所が確保されている発言へ、ことさら居場所を認めろと主張する立場なのだ。
また、上記のように南京事件否定論は公で流布され続けており、少なくとも現実的な法規制の動きもない。その意味では、現実に法規制の対象となっているホロコースト否定論へ居場所を認めるべきという意見とは、土台から異なっている。
以上の批判は新しい論点ではなく、以前に批判された時の再確認にすぎない。おそらく東氏は何が批判されているのか把握していないままなのだろう。知らなかったことを認めて訂正した宮台氏に対し、あったことは認めていると主張しながら論点を確認せず訂正もしない東氏を比べれば、圧倒的に東氏が悪いと判断せざるをえない。
自分から話題を振っておきながら、反応が来ること自体を拒絶する態度もありがちだ。
東浩紀 on Twitter: "というか、南京問題は主題ではないのに、そもそもどうしてこうなったw"

というか、南京問題は主題ではないのに、そもそもどうしてこうなったw
1:26 AM Mar 31st

この当事者意識がかけらも見当たらない態度は、まさに「中立」を標榜し、あるいは目指す人がよく陥る陥穽だ。正確にいえば、論争の当事者になった時点で、対立するどの立場にも味方しない「中立」にはなりえない。自分自身の味方であることからは逃れえないからだ。
いったん当事者になりながら、当事者である責任から逃れようとする者の、自称と実態の乖離。これが「自称中立」と呼ばれるものの典型的なありようである。


あと、宮台教授と東教授の批判者に対する認識で「左翼」が持ち出されていることも興味深い*9。右翼や左翼の党派性に関係する話題ではあるだろうが、根本的な争点は歴史認識だ。知識さえあれば右翼でも両教授を批判できるし、実際にしているだろう。南京事件否定論を批判する右翼は少なくないし、むしろ当事者意識を強くもって激しく批判することもある*10。逆に、歴史にくわしくない左翼なら両教授を批判できないかもしれない。
個人的な体験に引きつけていうなら、「保守」という立ち位置を表明しただけで、「自称中立」という指摘の反論になると思っていたid:plummet氏を思い出す*11
つまりは、様々な政治的立ち位置からの自由さを目指す行為は、あらゆる政治性から逃れようとする心象の現われでは必ずしもない、ということなのだろう。自身に対する批判の原因を、右翼や左翼といった党派性に見出す。あるいは自身の党派性を問われた時に、右翼や左翼といった発想でしか応じられない。
自称中立というアウトソーシング - 法華狼の日記

他の場面で南京事件否定論を批判する者でも、従軍慰安婦合法論を述べれば歴史修正主義者と呼ばれる。善玉異星人地球来訪説を正しく批判する論者が、他方で悪玉異星人地球来訪説を主張したりする。

わざわざ「意識的に取得しよう」などと考える必要もない。あらゆる主張は公に発した時、それらの主張ごとに妥当性が問われ続けるのだ。もちろん、妥当性を問う主張もふくめて。


それはそれとして、twitterをふくむインターネット全般を、気楽な発言をする場として使うこと自体は間違っていないと思う。よくわからないことなら、最初から言及しなければそれですむのだから。
上遠野浩平冥王と獣のダンス』のあとがきに、こんな一節がある*12

だったらぼくらはひたすらに真理から除け者にされて、そういうことは滅多にないこととして自分の人生から切り離して考えなくてはならないんだろう、たぶん。

だいたい、本当に気楽な発言なら、過ちを指摘された時にすぐ撤回して謝ることも簡単なはずだしね。

*1:http://www.miyadai.com/index.php?itemid=829ちなみに、私個人が気にかかったのは、「帰化をすればエスニック・アイデンティティに瑕がつくとの反論もありますが、国籍とエスニック・アイデンティティを分けて考えるのが国際標準なのです」という部分。それこそ固有性が深く関わるアイデンティティの話に、「標準」を持ち出して単純化するべきではないだろう。

*2:http://togetter.com/li/11554

*3:「長文連投しつつも人々を幸せにするなごやかなツイートを目指します!」という自己紹介が何とも空しい。

*4:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20081213/1229297931

*5:ちなみに学生ではない立場を明確にしていたid:buyobuyo氏も東工大の授業へ行っていたはずだから、「左翼学生」という単純なくくりも間違っている。

*6:http://d.hatena.ne.jp/toled/20081128/p1大塚・東対談へ今さら批判しておくと、南京事件は被害者や加害者が生存しているので、全ての人にとって「伝聞情報」であるわけがない。あと改めて読み返すと「歴史学者同士なら生産的な会話は可能でしょう」という部分の意味もよくわからない。南京事件に研究対象が重なる歴史学者同士なら、まずどちらも南京事件が実在したという立場をとるはずだが。

*7:http://www.hirokiazuma.com/archives/000465.html

*8:http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/hazuma/status/11358225858

*9:単純な「左翼」ではなく、蔑視のニュアンスを持つ「ブサヨ」という言葉を用いている宮台教授は、ある意味で比較的に巧妙といえる。

*10:たとえば旧軍に近しい立場で論文を発表した板倉由明教授は、統計資料の扱いや勝手な定義作成といった様々な問題が指摘されながらも、松井石根日記を田中正明氏が改竄したことへの批判と検証には一定の評価がなされている。

*11:立ち位置を表明しているとして示された当のプロフィールページで、まさに「中立」を目指す立ち位置を宣言している不思議については、こちらのコメント欄等を参照のこと。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100113/1263423680

*12:ブギーポップ本編よりも面白く読んだ記憶がある。なお、ここでの「真理」とは「奇跡」つまり「宗教的真理」のことについて悩んでいる最中の言葉であり、一般の意味とは少し違う文脈がある。