法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『坂の上の雲』第4回 日清開戦

前回の客船攻撃について、国際法違反ではないと東郷平八郎艦長が主張し、国内外の人々から認められていく。
大枠の日清開戦に正当性が描かれていないため、小枠の客船攻撃で正当性を主張しても、日本軍の正当性には繋がらない。
もちろん、小状況の規範と大状況の規範が衝突する葛藤は、戦争映画の定石ではある。しかし今回の小状況における正当性は、作中でも指摘されているように人道的ではなく、あからさまに大状況の不正義を支援している。ここに葛藤はなく、あえてたとえるなら詐欺師や説教強盗の理屈に近い。差別発言を批判された者が表現の自由を主張するような違和感にも、よく似ている。
前回と今回で東郷が主張した国際法は、まだまだ帝国主義の論理にすぎない。帝国主義を知るために国際法が重要と東郷が語った前回から見ても、意識的に植民地争奪ゲームのルールへ乗った描写といっていいだろう。ここでゲームに乗った日本は、第二次世界大戦で敗北するまで降りられなくなった。今回に限れば日本の利益になったといえなくもないが、長期的な視点でいえば日本の帝国主義が破綻する先鞭ともいえる。さすがに第二次世界大戦における東郷の立ち位置までは描かれないだろうが、この辺はドラマの結末次第といったところかな。
司馬遼太郎原作は素直に国際法遵守を称えていた記憶があるが、ドラマでは一歩引いて描写している感じがなくもない。色々な意味で微妙なところ。


なお、非道な人物であることが、物語では魅力として映ることもある。しかし、その意味でも不満が残った。
渡哲也が演じていることもあって、あたかも大人物のように演出されている東郷だが、どちらかといえば典型的な軍人の論理だけで動いている。むしろ、強者の論理を駆使して人をゴミのように扱い、実力で障害を排除する人物像として描けば面白いのではないか。それでこそ東郷に悪魔的な魅力が生まれそうだと、以前から思っている。演じるのは津川雅彦あたりで。
ついでに、本人は有能でないにしても児玉という支援者を得て*1、紳士な性格も持っていた乃木希典こそ、フィクションでは好人物に仕立てやすいと思っている。もちろん今回のドラマ化は司馬遼太郎の原作に従い、気持ちばかり先走る無能という演出がされている。だが個人的には、俳優や演技プランを東郷と入れ替えた方が史実のイメージに近い。そう、柄本明が演じる東郷というのも、意外と合っていそうな気がする。


清国軍将兵個々の描写が中途半端なことにも、疑問が残った。
個人的には、敵兵を会話が通じない存在として描く方針で一貫しているならいいと思う。視点を限定することは、放映時間に余裕がないドラマでは普通の選択だ。映画『史上最大の作戦』のように大状況を俯瞰的に描く手法自体も、あまり好みでない。
しかし、台詞だけで丁汝昌が有能な大人物であるかのように語られても、映像的な説得力は全くない。今回は描く余裕がなかったのだとしても、せめて前回に東郷や秋山が丁提督の有能さを認める描写があれば違ったはずだ*2。これなら下手に有能と評さない方がいい。
清国兵士が被弾したり戦死したりする描写がほとんどないことも疑問が残った*3。特に、英国客船に乗っていた兵士の生前集合写真には、驚きはしたものの演出意図がつかみかねた。戦死体を無数に並べるような映像には手間もかかり、放映時間を圧迫するという事情もわからないではないが……


正岡子規が従軍記者となって占領地に向かい、日本軍人の横暴や清国人の抑圧された状況を目撃する場面は、良くも悪くもドラマらしい誇張だった。
ナレーションでも語られているように、正岡は素直に戦勝を祝うような記事を書いているし、原作小説でも似たような描写だったと思う。個人的な好みをいえば、最前線にいた秋山兄弟との対比として、能天気な物見遊山に終始する描写を見たかったかな。森本レオが演じる曹長の意図的誤訳とか、ドラマの描写も悪くはなかったが。


さて、物語は疑問や不満があったが映像は良かった。最近の下手な戦争邦画より力が入っている。
筑紫が被弾した場面は、力が入ったオープンセットを入念に破壊し汚し、肉片を秋山弟が拾う描写を入れたり、かなり踏み込んだ表現をしていた。
あと、多数の兵士が広い平地に展開された映像は、ワイド画面で見た方が迫力あったろうな。アナログ画面で見ている自分が残念。サイドカットされていなければ戦況もわかりやすくなったろう*4
不満といえば、特撮らしい特撮が少なかったくらい。たとえば艦砲射撃される清国側の状況を、ミニチュアセットか、せめて合成で見せてほしかった。

*1:司馬遼太郎の描く無能な乃木と有能な児玉は、かなり誇張が激しいが、乃木が軍略において平均を超えなかったのは事実だと思う。

*2:清国軍を構成する兵士個々の無能や怠慢を描く必要があったのはわかるが、艦隊指揮者個人の有能さを同時に描くことは不可能でもないだろう。

*3:しかしネットで感想を読んでいると、NHKが中国へおもねって日本兵士の悲惨な場面ばかり描写しているという意見があって、唖然としてしまった。日本軍の攻撃によって清国兵士が悲惨な戦死をとげる場面ばかり描けば、普通は日本軍が悪いように感じそうだと思うのだが……。嫌いな国の兵士が戦死する場面で快哉を叫ぶ人は、現代の日本でも思っていたより多いらしい。

*4:実のところ、秋山兄の陸戦がらみは教科書的なくらいに戦争映画らしい描写が過不足なく、下手に釈明や卑下をしなかったため、個人的には最も見やすかった。