法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ダーリンは外国人 with BABY』がボーダーラインで危なっかしい

語学オタクの外国人トニー・ラズロと、マンガ家の小栗左多理の日々を描くマンガ『ダーリンは外国人』シリーズ。トニーの語学知識は興味深いし、個人的にエッセイマンガの類いも好きなので、ごく普通に娯楽として楽しんいる。
その夫妻が妊娠し、出産を経て、育児を始めるまでを描いた今作。あいかわらず楽しく読めたのだが、いくつか危ういところも感じてしまった。
と学会などが用いている「トンデモ」は、本来は作者の意図によらず笑えるものを指す。必ずしも批判的な意味とは限らない。『ダーリンは外国人』シリーズの今作は、笑える夫婦関係と、笑えない育児生活のボーダーラインに立っている。


もともとトニー・ラズロは相当な変人だ。
マンガを描いている小栗左多理自身が「やっぱり国籍というより個人の性格なんだなあ」*1と語っているくらい。マンガで誇張されているだろうとはいえ、かなり奇妙なこだわりが多い。トニー自身がライターとして担当する文章パートからも、独特のがんこさがうかがえる。
そういう言語オタクらしいこだわりは、良い方向にも悪い方向にも動く。特にトニーは両親から「お前が父親になったら、私たちが正しかったって、必ずわかるよ。皆そうだから」と語られ続けたことへの反発心を序盤から宣言する*2。そもそも、どちらも不規則な職業である上、夫妻は初めての子供である。正直にいって心配するべき方向が違うのではと思うようなことに心血を注いでいる。海外取材が入っているからといって、念のため医者へ相談するのは当然だろうが、放射線を怖れて鉛のエプロンを買おうとするだろうか、普通*3


もちろん、きちんと2人は医師や姉夫妻にも相談しているし、断続的に助産師や小児科医の解説も入っている。特に小児科医の解説は、マンガに対するツッコミとして機能しつつ、患者と微妙な距離がある医師の気持ちがうかがえ、独特の面白さがある。
しかし専門的見地による冷静な文章があるからこそ、トニーの危なっかしさも対照的に浮かび上がってくる。
たとえば予防接種を漏れなく受けるようすすめられた時のことを、トニーは下記のように書いている*4

病気の発生率や、ワクチンの特徴について、より詳しいことを聞こうとしたら、先生は「子どもは小さいうちは、針の痛みはあまり感じないから、なるべく待たない方が親切だよ」と言った上で、「予防接種については、インターネットでいろいろと言われているけど、あまり左右されないように」と付け加えた。
 確かに、当てにならない情報も出回っている。しかしよく探せば、医者による分析や助言だってある。予防接種を受けさせるかどうかは、ネットも含め、本や雑誌から情報を集めたり、知人の考えを聞いたりした上で、よく検討して決めた方がいいのではないか?

インターネット情報の危なっかしさは、よくよく痛感している。この先生の気持ちも、何となくわかるつもりだ。トニーの自分で調べて考えるという発想も、トンデモと極めて親和性が高い。自分で考えているつもりでも、気持ちいい情報を鵜呑みにしているだけのことが多い。
もちろん、トニーは医師の判断を尊重していないわけではない。むしろ自分で判断するために、情報提示や意見交換を重視する医師を求めている。結局いくつかの予防接種を受けさせることも決めた。
しかし、ある医師が注射器を抜く時に皮膚をすって「初怪我」となったことを書き、「まあ、予防接種の副作用にしては小さい方でなにより、と思っている」と本心とも皮肉ともつかない微妙な言葉でしめている。
全体的にはインフォームドコンセントの重要性をうったえ、予防接種を必要と判断した内容ではあるが、予防接種や専門医を危険視する思想へ誤誘導しかねない危険を感じたのも正直な感想だ。
ちなみに、この章のタイトルは「ちょっとチクッとするよ」。ダブルミーニングの巧さが、逆に悩ましい。


しかし何度も読み返した後、トンデモなのは本当にトニーの問題か、疑問を持つようにもなった。
トニーは持ち前の好奇心で、様々な情報を集めているだけ。最終的には、比較的に妥当な判断へ落ち着いているように見える。むしろ問題なのは、育児情報に偽科学が蔓延していることや、偽科学が道徳や伝統と結びつくことで生き残っていることではないか。
それを特に強く感じたのが、育児における方針で2人がケンカしたパートの1コマ。トニーが砂糖はよくないと主張したことに対し、左多理が理解を示しつつ反対する場面だ。
*5
このマンガでは基本的にボケがトニーで、ツッコミを左多理が担当している。あえていうと、変なことをトニーが主張するだけなら、まだしも安心できるのだ。左多理が反対意見を述べることを期待できるから。
こうして左多理がトニーへ歩み寄ろうとして、ぽつりと根深いトンデモの芽を見せる場面を読んで、不安をおぼえる。その場では問題が起きなかったとしても……いや、その場で問題が起きなかったからこそ、後に大きく育って取り返しがつかなくなってしまわないか。
比べてみると、先に引用したトニーの予防接種観は、ずっと安心だと思えてくる。反予防接種情報にもふれながら、よく考えた結果として予防接種を選んだなら、今後は安易に反予防接種情報へなびかないことだろう。


感想の結論として。
このマンガは様々な留保や配慮があり、トンデモな部分もあるようでいて、ぎりぎりまっとうな育児本に踏みとどまっていると思う。もちろんトニーを中心として様々な危なっかしさは感じるわけだが、それはトニー個人だけに原因があるわけではない。
トニーの好奇心と行動力が出産や育児の情報をかき集め、普段は目につかず遍在している疑似科学や偽医学をあらわにする。この問題を世間一般とは関係ないトンデモと笑ってすませることはできない。むしろ世間の常識とされるものに根強く広がっている問題だ。
一方で、専門的な道筋なく興味のおもむくまま情報を集めるという欠陥がトニーにもある。これはこれで個人的に全く他人事とは思えない。

*1:ダーリンは外国人2』164頁。日本人の夫だがトニーと似ていたり、国際結婚だが少し違うといった読者反響を受けての感想。人に多様性がある理由を国籍に求める愚をいましめる、いい言葉だと思う。

*2:8頁。同時に、家訓やしつけに後で理解をおぼえたこと、両親のあやまちを批判している自分も同じことをするかもしれないという不安、純粋に初めての育児に対する戸惑いも吐露している。

*3:当然、医者専用のサイトで購入しようとしても個人では難しいし、空港のセキュリティチェックに難色を示されたため、体の前後をカバーするエプロンにとどめた。

*4:63頁。

*5:96頁。白砂糖評に注目。ところで直接は関係がない豆知識だが、赤ん坊には白砂糖などよりも蜂蜜が危険。自然食自体は基本的に何も悪くない思うし、何より味が良いことが多いと私も感じるが、必ずしも安心安全に直結するわけではないのだ。