法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『1/2の騎士 harujion』初野晴著

父子家庭で育った同性愛者の女子高生と、女装少年の幽霊が探偵コンビをつとめる連作ミステリ。架空の都市伝説に隠れた凶悪犯罪を暴き出し、少女は正義を回復しようとあえぐ。


父子家庭と同性愛を全く関連づけせず、あくまで個性として描く慎重な手つきが印象的。どちらかといえば、マイノリティが事件関係者や動機にからんでくる個々の事件を解明するため、作中で周囲から理解を得つつある"境界線上のマイノリティ"を主人公としたといったところか。他のマイノリティ描写も、全般的に違和感なく、引っかからずに読めた。
もちろんマイノリティとしての苦しみも描かれるが、主人公周りの理解力が高く、いい意味でストレスがたまらない。それが街を守りたいという主人公の行動動機にも繋がるわけだが、さすがに街の全てがマイノリティに優しいわけではなく、マイノリティ同士のゆるやかな結びつきが描かれるにとどまり、まったくの絵空事とは感じさせない。甘すぎると感じさせる描写も、ミステリであるため背後の意図をうかがわせ、独特の緊張感がある。


まずは章題どころか序章や数字といった目印すら配置されていない主人公の出会いから始まり、格好をつけた名前の凶悪犯罪者達との各話へなだれこんでいく。個々の犯す罪が日常の影に隠れるほど矮小なため、下手に見かけが陰惨な事件より、犯人の人物像や動機の凶悪さが浮き彫りにされる。
各話はゆるやかな繋がりを持ち、先の章で提出された伏線が回収されたり、犯人像が次の章で明示されたりしており、順番通りに読まなければならない。
以下、各話の感想。


「騎士叙任式 もりのさる」は都市伝説という一種の暗号物。暗号物の常として、推理は勘にたよったもので、納得性は薄い。犯人の行為も、周囲のフォローが適切であれば上手くいった可能性を想起させる。それだけに、犯人の見通しが甘かったことを指摘する主人公の明快な論理は納得できつつも、どこか釈然としないものがあった。社会制度の大切さを訴えるマイノリティという構図は、どことなく卑怯に感じる。
「序盤戦 Dog Killer ドッグキラー」では、犬を殺す凶悪犯罪者と対決する。○○犬なら容易に殺せると同時に目撃者も出ないというアイデアが、まず面白い。犯人の情報をなかなか口にしようとしない被害者の動機もいい。ただ、犯人が犯行をくりかえせたのは悪運によるためで、ちょっと対決相手としては弱いか。
「中盤戦 Invasion」では、姿を見せない謎の侵入者が現われる。夜中に感じる気配の正体は見当をつけやすいが、被害者の共通点によって隠れ場所から動機まで推理する手つきに感心。特に、隠れ場所を暴く場面は絵としても面白い。さらに主人公を助けてくれた男の過去や、真犯人をいぶりだす方法まで、伏線をきっちり張って回収しているところも感心した。
「終盤戦 Rafflesia」では、毒物を無差別に散布する悪と対峙する。なるほど、あまり政治的に正しくない犯人を描くため、以前の話では政治的な正しさに注意を払ったのかと思った。政治的に正しい物語という観念にとらわれると、真犯人を見逃すかもしれない。しかしマイノリティの描写までベタさが表に出てしまって、逆に不自然と感じる面も。的中率100%の天気予報という謎が犯行方法と密接にからんでいるところが面白く、以前の回で張られた伏線も回収され、毒物サスペンスとしては楽しめた。架空の昔話に対する謎解きはラフレシアの真相に関わってくるが、ちょっと言葉遊びすぎて民俗学的な説得力は薄い。
「一騎打ち GrayMan/灰男」では、人体を焼いて灰にしてしまう虐殺者と戦う。贈られてきた灰の正体から、真犯人の伏線まで、わかりやすくて困ってしまう。どちらかといえば前回にラフレシアが残した言葉の真意が面白い。その言葉によって、主人公の内面も問われていく。主人公が特技を活かして灰男と対決する冒険サスペンスも楽しい。
「後日談 ふたりの花」では、主人公に助力してきた女装少年幽霊サファイアの真実が明かされる。ドラマが現実へ移行することを予感させ、名探偵にファンタジーな設定が用いられていた連作ミステリのまとめとしては充分。しかし主人公の台詞で自覚されているくらいに気づいて当然なほど情報が提示されているので、幽霊の正体に意外性は薄い。