法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『温かな手』石持浅海著

人間の生命エネルギーを吸収して生きる人間そっくりの生命体、ギンちゃんムーちゃん。彼ら兄妹を名探偵にした連作短編ミステリ。


ギンちゃんムーちゃんは生命エネルギーを吸収する能力によって、人間の魂が奇麗か汚いか、あるいは感情の状態まで判断することができる。しかし真相を直接的に知ることはできず、あくまで人間の感情を知る種族の性質によって推理を組み立てて真相へ到達する。
では、名探偵の設定は意味が薄いかというと、必ずしもそうではない。確かに人間の名探偵に代替することもできるだろうが、ギンちゃんムーちゃんは事件関係者の興奮した感情を吸い取り、落ち着かせ、冷静な証言や思考を引き出すという特徴がある。
そう、本格ミステリは人間が書けていないとよく批判されるが、異常な状況で事件に巻き込まれた人々が冷静に議論し推理するという不自然さを、ファンタジックな設定で回避しているわけだ。
まったく、文字通り人を食った設定だ。


各連作は殺人事件を主に扱いながらも、事件の発端から推理の展開そして真相の概要まで幅広く、どれも水準以上に達している。
名探偵の設定からもわかるように人間心理を主軸にした推理なので、早々に容疑者がしぼられる問題もあるが、二転三転する推理を読むだけで楽しい。中でも複数の意図がからむ「陰樹の森」、単純な謎に明快な答えが用意されて真相と結びつく「大地を歩む」が集中の白眉か。
ただし、いつもの石持作品らしい欠点として、結末のとってつけた感動は不自然。やや読者やワトソン役を突き放した展開ゆえに、以前の作品よりは得心しやすいが、だからこそ感動を押しつけるような筆致や帯文句に当惑させられた。