法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』ドラえもんの最悪な一日

誕生日が近づき、ドラミにせっつかれて定期検診へ行くことになったドラえもん
そして未来世界のロボット病院で眠らされたドラえもんは、凶悪犯ロボット「デンジャ」と人格が入れ替わり、時を越えて追い追われるサスペンスが始まる。


構成の水野宗徳が脚本、高橋渉がコンテと演出を担当。
ドラえもん誕生日SPのアニメオリジナルストーリーだが、今回は予想外の傑作。
まず、いくつかの秘密道具は過去の描写と異なる演出だったが、違和感があるというよりも派手で格好よく感じられた。荒々しく風を起こすタケコプター描写は、『のび太の恐竜2006』で波紋を作る描写に匹敵する。アクションは舞台が多彩で、それぞれ殺陣も作画も見所がある。キャラクターの微妙な表情もよく表現され、映像の破綻もない。


何より、ドラマの完成度が高い。のび太ドラえもんの仲違い、誕生日に定期検診を嫌がるドラえもん、ドラミに叱られるドラえもん、野球が駄目なのび太、秘密道具を修理するドラえもん……原作やアニメで馴染みがある描写を組み合わせ、違和感なく接合して一本の中編を作り上げている。
まず、のび太ドラえもんの仲違いや、定期検診をめぐってドラミとドラえもんが衝突するという、原作に存在する描写を活かし、人格が入れ替わっても気づかれないことの説得力を増している。しかもそれぞれ同時に、誕生日ならではの理由があったり、入れ替わりする秘密道具の登場する前振りかつ説明になっていたり、描写に全く無駄がない。
デンジャの体になったドラえもんがしゃべれない理由も、カーチェイス時にマスク状のパーツが破壊された描写で前振り。ボディランゲージで意思を伝えようとする描写も、アニメならではの笑えつつも説得力ある内容。ゴミ捨て場で秘密道具を拾うという御都合主義が許されそうな場面でも、まず道具が故障しており、次に修理する決意でドラマを作り、そうして直したはずなのに動作しない、という一連の描写でキャラクターの苦難と本気が伝わってきた。
デンジャの描写も素晴らしい。回想や台詞で安易に過去を説明することなく、冒頭のカーチェイスで犬を思わず避ける場面や、得意な野球で子供を子供として見ながらも本気で戦い上機嫌になる様子、ドラえもんとして誕生日を祝われるとまどい*1ドラえもんを演じてデンジャを批判するうちに屈折した本心を覗かせる終盤……説明的な描写を徹底的に排除しているからこそ、最後の決断に説得力が出て、押しつけがましくない感動があった。
のび太がデンジャから野球を教わり、ただの凡フライを喜ぶ姿にも、色々な意味でリアリティがあって良かった。のび太はいつもより出番こそ短いが、赤いビー玉というモチーフで物語を動かし、デンジャとも意図せず心の交流を行い、必要充分な存在感を示している。
タイムパトロールだけは、凶悪犯を逃すために間抜けな役割を与えられているが、贖罪させる目的が一貫しているため、失敗の多くがデンジャを破壊できないゆえと納得できる。指揮する警部の態度は子供向けゆえでもあるだろうが、個人的にも好ましい。
セワシやドラミの出番も、節度をわきまえた出番にとどめ、下手にドラえもんへ協力してサスペンスを薄れさせる愚をおかさず、それでいて血の通った言動で自然に状況を説明。


ありがちな場面もいくつかあったが、怠惰にテンプレートをなぞったというよりも、考え抜いて適切な描写を行ったと感じた。
誕生日SPでしか成り立たない展開でいて、ただのイベントで終わらない普遍的な物語。アニメオリジナルストーリーで五指に入る出来だと思う。


なお、30年後ののび太の街を視聴者からアイデア公募するという企画は、映像化されたものの内容が薄っぺらで、印象に残らなかった。
どうやらケータイなどと連動した企画らしいので、アニメでは薄い内容になってもしかたないのかもしれない。

*1:蝋燭と照明で作り出される光と影。呼吸を感じさせる無音の演出が印象的。