法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『川の光』

「セイブ・ザ・フューチャー」という地球環境啓発企画の導入として、NHK総合で19時30分から75分間放映されたスペシャルアニメ。原作は未読なので、描写の良し悪しがどれだけアニメスタッフの手柄かはわからない。


絵コンテを担当した平川哲生監督は、『ドラえもん』リニューアル当初のミニコーナーを担当していたことが個人的に印象深い。そのころブログで精力的に様々なアニメの演出について語っていた*1。そして映画『河童のクゥと夏休み』にアニメーターとして参加し、原恵一監督に認められ、今回の長編アニメ初監督に繋がったという。
ブログでは映画『人狼』の暗喩表現を考えすぎと思えるほど分析していたり、映画『ゲド戦記』の不評意見に対し映像表現を読めていないと批判したり、これみよがしな演出になるかもしれないと危惧していたが、表層的な物語をながめるだけでも相応に楽しめる作品にしあがっていた。本筋の描写が明確なので、主人公の前にある坂とか、壁をつたうヒビといった表現が暗喩するものも考える余裕が生まれる。
主人公周りが直接的に描写される一方、主人公の知りにくいことが間接的に描かれる演出方針も見事。上から漏れる光で排水溝の空間を感じさせつつ、上の世界で起きているできごとを作画の手間をかけず想像させる。排水溝の奥でドブネズミがうごめく姿を影で見せ、距離と奥行きを感じさせる。バスの外で「蛇」が動いている光景も、作画の手間をずにしゃれた描写ですます*2。しかもこうした描写を意識せずに漠然と見ていても、主人公のドラマは理解できる。
個人的な印象に残ったのが、前半の図書館で暗がりの中、主人公達が鉢植えの木へ飛び移る光景をロングカットで見せる場面。主人公達はネズミなので細部が目立たず、葉がゆれる音と木がしなる姿で飛び移っていることを描写する。鉢植えの木、つまり動かないはずのものが動く光景が、アニメーションの本質的な快楽に近いものを感じさせた。
ただ一点だけ、大きな不満がある。夏から秋への変化が、ふと気づいた主人公達の台詞で説明されるところは瑕疵と感じた。気づかない間に季節が移ろっていたという脚本から自然にそう演出してしまったのかもしれないが、番組は75分間しかないのだから、時間経過を実感させるため季節感の表現を優先するべきだろう。主人公が気づいてから、しばらく後で地味に、川岸が紅葉している景色が映るのだが……主人公が気づくより前に映像的な伏線を張り、気づいた後に明確な季節描写を入れるべきだったのではないかと思う。


作画は全般的に修正がいきとどいており、芝居も細かくつけられている。さらに群集シーンでも不自然な止め絵が見当たらず、背景美術のみのカット*3が多いことを考慮しても、作画枚数に余裕があると感じさせる。
さらに下水道関連の水作画はけっこうな見物で、水流に追われたり飲み込まれる場面で良い感じにスペクタクルを生んでいた。「舟」に乗って下水道を移動する場面も、一人称視点から客観視点へうまくカット割りしているから、一人称視点の背景動画がシンプルなわりに印象的だった。


さて、脚本を担当したのは吉岡たかを*4だが、物語展開はかなり単調。
主人公のクマネズミは住んでいた川を追われて旅に出るわけだが、大きな危機はドブネズミの縄張りに入ってしまったことと、水害や雪の脅威にさらされたくらい。たいてい行く先々で違う種族の動物に助けられるという御都合主義。終盤には「これまでも何とかなってきた」という自己ツッコミ的な台詞もある。
さらに結末で、移動距離の長いスズメはともかく、冒頭と同じ犬が近くに住んでる様子なのも意味がわからなかった。
ただ、違う種族の動物はそれぞれキャラクターが立っており、図書館に住んで詩を愛するドブネズミは良い具合にハードボイルドだし、老婆と同居している猫も楽しい性格だった。
また、この種の環境啓発アニメには珍しく、図書館や住宅地のような人工物を必ずしも悪とは描いていない。冒頭でこそ建設工事で川から追われるわけだが、その時にクマネズミが住んでいた川は最初から人の手が加わっていた。人の営み、それ自体は全否定しない態度が誠実で現代的と感じる。


制作会社はスタジオぎゃろっぷだが、キャラクターデザインは丹内司で、作画監督も連名で担当。加えて美術監督が山本二三なので、映像面のメインスタッフがスタジオジブリ関係ということになる。
環境保護をうったえる企画、影の少ない古臭さがあるキャラクター作画、主張の強い美術というとりあわせが、山本二三監督の『ミヨリの森』を思い出させる。
しかし幸い、演出がジブリの方向性と異なりつつ自己主張していたので、劣化ジブリという印象は受けなかった。アニメートに力があったので、背景美術が画面を食ってしまうほどでもない。むしろ、舞台が短い時間で様々に移り変わることもあって、美術の頑張りが画面へ素直に貢献していた。


なお、17時30分からメイキング番組があったことに気づかなかった上、冒頭数十秒を録画しそこねて見られなかった……

*1:現在はTwitterで発言していることが多い様子。「人のゲド戦記を笑うな」というコメントが面白かった。

*2:窓の外を光で飛ばす描写を見て、平川監督がブログで映画『劇場版AIR』冒頭を賞賛していたと思い出した。

*3:ただし不自然な手抜きをしているとは感じさせない、それなりに演出的な必然性がある絵がほとんど。

*4:最近のNHKアニメでは『メジャー』の脚本をローテーションで担当している。